補完の幕間③:ディオメという孤児・後編

 この日の夜、僕は鉄格子からその向こうにある兵舎を見ていた。あれから、僕を助けてくれたおじさんはお父さんの知り合いを名乗り、兵站を分けてもらいました。貧民街スラムの人たちは僕に対する蔑みがなくなりました。

 でも、僕には分かったのです。僕に向けられたのは温かに見える笑顔で媚び諂い、うわべな感謝でご機嫌を取っているだけだった。お父さんの時と変わってない。

 あれから、幾つも日が経って、怖い兵士の目を掻い潜り、こうして向こうの兵舎を見ている。そうすれば、きっと…

「おい、坊主。いや、ディオメだったか?」

「おじさん!」

 その時、後ろから呼ぶ声に振り向くと、やっぱりあのおじさんが来てくれた。それで僕たちは誰にも見つからないように物陰に腰を下ろした。

「食べるか、棒形固形食料レーションバーの残りだ。しかも、東南アジアの古のグルメと言われるカレー味だぜ。」

「…絶対に要らない。また、デブだと思われるから。」

 今までの僕は疎まれた周囲から餌付けされて、調子に乗ったから、お父さんの誇りを汚したと思っている。

 だけど、お腹が鳴る音がした。身体は正直だとしても、自分が弱いと悲しくなった。

「食べたり、太ったりすることは生きたいって思うことだろ。そう、自己嫌悪になるなよ。」

「じゃあ、おじさんのような兵士になりたい。」

 僕が虐められるのは弱い役立たずだからだ。兵士になったら、強くて立派な…

「やめろ、坊主。冗談でも、俺たちのような戦争屋になる事は許さねえぞ。」

 今まで優しかったおじさんの声や顔の色が変わった。まるで、叱りつけるお父さんのように。

「でも、おじさんたち軍隊は戦争を終わらせる為に戦って…」

「そんなもん、嘘に決まってるだろ! お前のいた場所を見りゃ分かるだろ!」

 雷鳴のような声に怯んだ僕は今までのことを思い返してみた。僕たちの貧民街スラムはゴミ箱のように汚く、配給に群がる僕たちは害虫のような姿だ。戦争の勝敗どころか、お父さんが死んだことさへ軍隊は教えてくれなかった。違う、あいつらは戦争ばかりを見て、僕たちを見ようとせず、勝手に捨てた。

 その事に気がついた僕は僕たちを見捨てた軍隊への憤りではなく、今まで戦争に勝つ事に盲信し、戦争が起きる理由さへも教えられなかった世界に恐怖し、青ざめた。

「この世界はおかしいんだよ! 国を失った各地の軍隊が馬鹿騒ぎで争って、価値の無い領土と誇りの為に戦ってる。誰も戦争をやめずに、何もない相手ばかり憎んでやがる! いいか、俺たちのような兵士を騙る戦争屋の行き着く先は死なせることと死ぬことの繰り返しだ。俺たち軍隊が作った世界でお前の両親が死んだんだ!」

 おじさんの顔はもう悲しみと怒りでいっぱいで涙さへも流した。瞳が濁ったおじさんは優しく諌めた。

「いいか、お前は生きることや大切なことを見つけろ。そして、今までのことは忘れろ。」

 おじさんはそう言い残そうと、僕に棒形固形食料レーションバーを無理矢理渡し、立ち去ろうとした。

 その背中がとても寂しかった。だから、考えが整理する前に僕は言葉を尽くした。

「だったらなんで、おじさんは戦ってるの!? だったら、僕も戦う! 僕が戦争をなくしてやる!」

 そう言った時、銃声が鳴り響き、僕の足元に銃の穴が空いた。

 おじさんは冷酷な目で僕を睨み、拳銃を向けた。

「お願いだ、坊主。俺はお前を撃ちたくねぇし、お前を俺のような人殺しをしたくねぇ。だから、ふざけたことを言うな!」

 おじさんは目元に涙を浮かべながらも、真剣に脅そうとする。

 でも、僕はもう後には退けなかった。前へ前へとゆっくり勇み歩む。

「おじさんだって戦争が無駄だって分かって、僕を巻き込まないように諦めずに戦っているんでしょ! 僕はずっと貧民街スラムのみんなやこの世界の争いに流され続けるのはもう嫌だ! もう、自分の意思や父さんの優しさを否定したくない! 僕はもう逃げたくないんだ!」

 僕は目頭が熱くなるほど、おじさんを見つめた。そしたら、おじさんは目を手に当てて、震えた声で叫んだ。

「ちきしょう…、俺は甘やかさねぇぞ! 俺の隊に入ったら、飯抜きの日だってあるんだぞ! 訓練だって、お前が泣きじゃくっても絶対に優しくしねぇぞ! そうしないと、お前が戦場で生き残らねぇからな!…ちきしょう、すまねぇ! お前の息子を戦争屋にしちまいそうだ! 許してくれ、ネクト…!」

 ネクトという僕のお父さんの名前を叫んだおじさんはその場で蹲った。

 泣きべそを掻いたおじさんは僕はただその背中をさすり、励ますしかできなかった。

「大丈夫だよ、おじさん。僕、戦場で絶対に何度も生き残るから、おじさんを悲しませないから、大丈夫だよ。」

「うるせぇ、これからは隊長と呼べよ…バカガキが…。」

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