第十七話:本当のあくま

 ロードは【軍人アレス・の柱アトラス】内部にあるダムの研究所へと向かった。床に乱雑に落とされた資料の山を踏みしめ、モニターを見つめているダムの後ろに立つ。

ダムが見つめていたのはモニターに映し出された自らの我が子(へいき)の後ろ姿であり、ロードの後ろにも今なお宙に浮く自家製ドローンで彼を捉えている。

「今まで監視していたのか?私が戦場にいる時も、貧民街(スラム)にいた時も、親友(アラウス)との別れの時も、そんなに信じられないのか、お前の思い通りにならない私が?」

 ダムは振り向いた。彼の瞳にはロードが予想していた憤慨を宿した煩わしさはなく、こちらが冷や汗を搔くような恐ろしさを持つ失望という暗い瞳だった。

「監視だと?いつから貴様が儂が目に掛けるような一流の道具だと思っていた?貴様はゴミだ。役に立たない以前に欠陥が多すぎる。貴様など暇潰しに観察するしか価値がないわい。」

「観察だと?」

「貴様の心などどうだっていい。奴との絆などどうでもいい。貴様らの触れ合いなど知ったことか。ただ…貴様の行動という過程と結果を観察しただけだ。」

 ロードはダムの後ろの机にある無数のモニターに映し出された今までの観察結果(おもいで)を見た。

軍寮の前で多くの兵士に囲まれて、腕相撲をする自身の姿。

アレンと背中を預けながら、敵兵の軍勢に突っ込む自身の姿。

ディオメが食べる大豆製チキン缶トマト風味を物欲しそう見つめる自身の姿。

ヘルメが銃の手入れをする所を物珍しそうに見つめる自身の姿。

そして、疲れながらも、微笑む親友(アラウス)と肩を並べ、戦争の勝利を祝う自身の姿。

「貴様はアラウスという屑とその他の塵共と出会い、感情を得ているような錯覚を覚えたろうが、それは表情を鏡のように映す模倣行為に過ぎない。例え、笑う風に、泣く風に、怒る風に、苦しむ風に取り繕っても、己が人間とは違う人殺しの道具であることは変わらない。故に、お前がある程度人の営みに触れれば、自身を殺すように、今までの記憶(データ)を消してくれと懇願することも想像に難くないだろ。」

「だから、私をアラウスの第一部隊の下で泳がせたのか、なら、そのことを何故教えなかった。」

「価値のない貴様はそう教えても、信じないだろうからな。この際、はっきり言えば、貴様は儂の下で生まれたのなら儂を親で貴様を子になそうとするが、甚だしく違う。貴様は道具、儂は人間。生命を殺す役割しかない貴様が正義を語るな。戦場でしか居場所がない貴様が平和を語るな。顔色を伺い、人の真似事しかできない貴様が愛や絆を語るな。貴様は強い兵器であるが故に儂の前だと無力であると知れ、薄情者。」

 ロードは血脈の躍動も体温による温もりも宿らない無機質な腕に拳を握り、震わせた。しかし、この怒りも、この行為も、誰かの真似事だと理解すると、その感情を捨て去る。

「私はお前が嫌いだ。人の心の在り方を無価値と決めつけ、自身の為に怒り続け、繋がりを求めない暴虐者であるお前が…、でも、本当に大嫌いなのはそういうお前に生み出され、世界の争いを助長させる役割しかないのに、善性でなりきったと思い込んだ結果、誰かを傷つける存在だとういうこと忘れた私だ。」

 ロードは自らデータカプセルの前に立ち、カプセルの人工水晶面に手を当てる。

「故に、私の記憶(データ)を消してくれ。そして、罪深い私のまま敵兵によって使い潰(ころ)してくれ。」

 すると、ロードとダムの後ろから階級の高い壮年の軍人たちがやって来てはダムに一瞥し、ロードを睨む。

「こいつが例の人工兵士か。病棟を無断に侵入し、門番兵や研究兵に怪我を負わせたという。」

「お前たちは何者だ?」

 ロードは軽蔑のこもった視線にも気にしなかった。しかし、彼らの瞳にはダムと同じく嫌悪に感じるものだと密かに思った。

「軍の上層部にして、責任者。そして、鉄人形の生みの親のスポンサーだった者たちだ。人心を把握しないAIでも分かる内容だろう。」

「儂としては“スポンサーだった”と言い切る所が不鮮明だったと思うが?」

「もう二度と、その減らず口を立つな。そのままの意味だ、天才科学者(マッドサイエンティスト)ダム・ダーカー。」

壮年の軍人たちはダムが定説した【無限之兵士達計画(インフイニティー・ソルジャーズ)】のファイルを彼の前へ投げ捨てた、「DELETE」という赤い印が押されていたままで。

「これはどういうつもりだ?」

「貴重な人員に危害を加える不良品など不要だと我々は考えた。製造番号α1212―04は処分し、貴様の研究施設と計画は永久に凍結。追放しようにも他国でその技術が使われるのはリスクがある。故に貧民街(スラム)で飼いならす。」

 ダムは怒る素振りも見せず、俯いて黙り込む。自分が捨てられたことに興味がないらしい。

ロードは彼の失脚に驚きつつも、心のどこかで安堵していた。

(皮肉なものだな、道具扱いしたお前が軍の言いなりだったとはな、でも、これで廃棄(じさつ)できる…)

 しかし、ロードの頭に過ったのは創造主の哀れな姿ではなく、親友(アラウス)の姿だった。

「うぐ、ぐぇげ!?」

初めていがみ合い、

「貴様、どういうつもりだ⁉何…ぎゃあ!?」

初めて分かり合い、

「こんなことをして、我々は軍のトップなんだ…うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」

初めて笑い合い、

「わっ、私が悪かった。私だけでも助け…がーーー!?」

初めて別れ…その走馬灯を巡る中で物騒な声と鋭い悪寒に見舞われ、現実に戻り、辺りを見回すと、

 自分と似た純黒の姿の人工兵士たちが取り囲み、無残に斬られた兵士たちの姿が塵屑と化した書類にまみれた鉄床に血を濡らしながら、横たわる光景。何より、自分の目の前に突き出した超周波振動電磁刃サイバーエッジが最後の一人の胸を突き刺した事実だった。

 その男が恨めしい表情で罵る。

「この化け物が…」

 超周波振動電磁刃サイバーエッジから抜け落ちた男の姿を見たロードは今にも思考が停止させようとしたが、自分が殺したという結果が何度も反芻する内に視界が赤くなっていることに気が付いた。ふと、データカプセルの人工水晶面が持つ反射を見ると、自身の目が赤く光っていることに気が付く。

「あ…ああ…ああああああああああああああああ!?」

 ロードは自らの恐怖と混乱にはち切れんばかりの頭を抱え、発狂し、心が壊れた。

「何故、こうなった!? 何故、私は彼らを殺した!? 何故、私はあの時の答えを求める!?  何故!? 何故!? 何故!? 何故!? 何故!? …違う! 違う! 違うんだよ! 私の心は! 心は! 助けてくれ、アラウス! 助けてくれ!」

 ロードは惨めで、醜い様を晒しながらも、周りの人工兵士に取り囲まれ、床に叩きつけられてしまう。そこをすかさず、ダムは持っていたスタンガンを彼の頭に振り下ろし、電流を流す。

ロードの意識は朦朧とし、視界が暗くなる中、ダムはロードの無様さを見下ろす目線で刺す。

「頼む…殺してくれ…これ以上罪を重ねたくない…心に苦しみを植え付けたくない…だから…殺し…て」

「言ったはずだ。“貴様はその心(むだ)を知っても後悔するだけだ。”と、なら、その報いを受けるのが同意だ。もっとも、儂に逆らい続けた罪は第一部隊を全滅させただけでは足りないがな。」

 ロードは意識が墜ちる前に見たのは彫刻のように静かにを閉ざした口、生気のない肌色や皺に宿る無情な畏れ、そして、自分に対して、怒らず、侮蔑しない…

人がちり紙をごみ箱に捨てるように

人が我が身に纏わりつく蚊を潰すように

人が何の意味も価値もないただのモノを見つめるように

 何の感情もない本心と倫理なき論理的機械的の恐怖を感じさせる瞳の奥底だった。

ロードは悟った無情な自分を作った創造主こそが真の殺戮兵器(あくま)だと。

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