第十六話:責められ、嫌われ、傷つけられ

 心が沈む時、後ろから衝撃が走る。後ろにいた飲んだくれの男性が酒瓶を叩きつけたからだ。二日酔いが身の危険で醒めたらしい。

「殺られる前に殺っちまえ!」

 その鶴の一声で貧民街(スラム)の居住民は地べたにある大きな石ころや缶や瓶などの危険物をロードにぶつけた。中には角材や鉄パイプなどを武器として振るい、叩きつける者もいた。

「ふざけんじゃねぇ! 何で、俺たちが殺されなきゃなんねぇんだ!」

「あんたら軍人のせいで私らの人生はめちゃくちゃだよ!」

「死ね! 死にやがれ、鉄屑野郎が!」

軍部の圧政により、人権を失い、抗う力を削がれた祖国の民。

軍の規律に従わなかったことで軍部から切り外された下級兵士。

敵国の捕虜として故郷から連れ去られ、兵士の性欲を満たす慰み者された婦女子。

そんな彼らから生まれ、この世の幸福を知らず、この世の不幸を強いられた少年少女たち。

 この貧民街(スラム)のほとんどの居住民の正体は戦争の当事者たちに振り回され、理不尽に奪われるばかりの弱者たちであった。死に瀕した老若男女に暴力で傷つけられ、罵倒で蔑まれ、ロードに抗う力がないかのように打ちひしがれていた。否、抗う資格がないように彼らの罵詈雑言の暴虐を甘んじて受けていた。

(私は何のために生まれた? 私は何をするために存在した? 私は私は私は私は私は私は…)

 ロードは憎しみの連鎖の嵐に晒される中で自問自答し…

「そうだ…私は…生まれるべきではなかったんだ…」

 一つの答(死)に行き着きそうになるまで、心を擦り減らしていった。

その時、ロードが倒れた地べたに煙幕弾(スモーク・グレネード)が転がり、煙幕が噴出された。そして、颯爽と現れた煙の中の影…アラウスがロードを起き上がらせ、瞬く間に連れ去った。

 貧民街(スラム)の郊外にまで行き着いた二人は曇りなき乾いた日差しにも関わらず、暗く気まずい沈黙が漂っていた。なぜなら、ロードは体育座りで頭をうつ伏せ、許してくれと延々に呟いた。対するアラウスは一時、顔を顰めるも、ため息を吐き、懐から出したあるものを彼に見せる。

「何で、勝手についてきたとか、お前のせいでニオに嫌われたとか責め立てようとはしない。俺が内緒にしてきたのが原因で起こったことだからな。それに…」

彼に緑色の薬品が入った注射型容器、ワクチンを握り締め、強く答えた。

「ローヴェリーやリッテを救おうとしたが、間に合わなかった。そういう事だろう。ニオは信じなかったが、俺は信じるぞ。」

 ロードは立ち上がり、アラウスに目を背きながら答える。

「違う。私はただ自分の罪をなかったことにしようとした浅はかで卑しい奴なんだ。そもそも、私があの親子の住む国を襲撃さへしなかったら、彼らは平和に暮らしていたはずだ。」

 アラウスは頭の血筋が昇り、ロードの胸倉を掴み、怒鳴る。

「思いあがるな! あの時、ギルバードを襲撃したのはお前の手柄せいじゃねぇ! 俺たち一番部隊も誰よりも早く敵部隊を殲滅し、がら空きとなった市街地へと拠点を築いたんだ! それに俺もお前と同じであの親子に顔向け出来る資格なんて最初から…」

「私とお前のどこが一緒なんだ!」

 反論したロードの声にアラウスは怯み、一瞬、手を放す。今度はロードが彼の胸倉を掴み、訴える。

「アラウスは人の心を大切にし、敵味方問わず、優しさと思いやりを持っている。そして、誰よりも兵士としての罪悪を背負っている。なら、私はどうだ? 確かに私はアラウスに人の心や知識を誰よりも教えられた。しかし、それと同時に誰よりも残酷に戦場で人を殺した。その結果、ニオを傷つける結果へと至った!彼の心の傷が私を最低な兵器へと至らしめる証拠だ!」

「じゃあ、何でそんなに苦しそうなんだ! そうやって、ニオに罪悪感を抱くのも、貧民街(スラム)の奴らに抵抗しなかったのも、全部、お前に良心が芽生え始めただろうが!」

「それでも、私は人間じゃない! 兵器だ!兵 器が心を持ったところで、誰かを傷つけることは変わらない。こんなことなら、心なんて知らなければ良かったんだ!」

 その瞬間、ロードはアラウスに殴られた。ロードは彼の顔を見やると、怒りに歪ませ、しかし、ロードに対する悲しみを浮かべたことを感じた。

「苦しいからなんだ! 罪があるからなんだ! たとえ、俺のような人間ではなくても、誰かを傷つけることしかできない兵器だろうと、心は…心だけからは逃げるな!」

 ロードは静かに立ち上がり、アラウスに背を向けた。その背中に悲壮感を漂わせながら、

「すまない。」

「それでいいんだよ。だから…」

「ずっと、お前に憧れていたんだ。兵士である責任を貫き、誰にも分け隔てなく優しく接するお前に。でも…」

 ロードは振り向いた。アラウスが見たのは彼の目元の表面に傷の穴を開け、そこから切れたコードの電流が生む火花が、涙のように見えた。

「多くの敵兵を殺しても、立派な親友から学ぼうとしても、私はお前のように強くなれない。」

 アラウスは声を掛けようとした。彼には予感(むなさわぎ)をしていた。ここで、止めなければ、ロードが遠くへ行こうとすることを。そして、それが彼の消失に向かうことを。

しかし、ロードは【軍人アレス・の柱アトラス】に向かって、飛び去った。彼は愚かにして、身勝手な断腸の思いだと理解しながらも、人でなしの罪悪感に囚われた愚者は逃避という別離を下した。たとえ、それが心を教えてくれた親友を永遠に失う序幕(げんいん)になろうとも。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る