第十五話:己が姿に映るヒトの瞳
貧民街(スラム)でのリフェソール一家の居住宅とその夜、ローヴェリーは二階にある自らとリッテの部屋にあるベッドでリッテをあやしながら、共に寝込んでいた。時折、咳が激しくなりつつある二人を見て、アラウスとニオは心を暗くする。もしかしたら、このまま死んでしまうのだろうかという絶望が脳内に何度もよぎる。そんな中でも、ローヴェリーは二人に優しい笑顔を掛ける。
「ニオ、そんな顔をしないで。私が死ぬときはあなたが一人で生きられることよ。」
「そんなこと言うなよ、母さん!俺はそんなこと認めないからな!」
「いいえ、私はいつか死ぬのよ。その時、私は天使に迎えられて、大いなる主の下へ…」
ローヴェリーが言い終わる前に、ニオは彼女の部屋から出た。慟哭を抑えながら、瞳が流した怒りとやりきれなさを込めた涙をしまいながら、駆け降りる。
「ニオ!」
アラウスは咄嗟に追い駆ける。一階に着いた頃、彼は玄関にある引き出しから拳銃を取り出すニオの姿を見かける。内心は動揺したが、ニオがドアノブに手を掛ける前にその腕を掴み、制止する。
「おい、その拳銃は何だ?」
「酔っ払った兵士が貧民街(スラム)で物見遊山をしている時にくすねた。この銃で病棟の奴らを脅して、ワクチンを手に入れるんだよ…」
アラウスはニオの瞳に焦燥と絶望が宿り、理性がない闇がぐるぐると蠢いていることを知った。彼のやることは打算のない、やけくそだということを物語っていた。
「おい、落ち着け! こんなことしなくても、俺がなんとかしてやる!だから…」
「母さんが死にそうなのに落ち着いてられるかよ! 母さんが心配なのはお前が兵士であるのを忘れる為の自分勝手な罪滅ぼしだろ! もう、うんざりなんだよ、無駄な戦争で世界が壊れるのも、それを引き起こした身勝手な大人たちも! もう、いい加減に…」
ニオはアラウスに対し、憎悪の形相を向け、心の内に溜めた闇の全てを曝け出そうとした瞬間、二階にいるローヴェリーがあやしてるはずのリッテが泣き声を上げた。
「おぎゃあーーーーーー! おぎゃあーーーーーー!」
「何だ!? 二階で何があったんだ!?」
「母さん!?」
二人は先ほどの喧騒を忘れ、二階にあるローヴェリーとリッテの部屋へ急いで向かった。その部屋のドアを勢いよく開くと、そこには顔の目穴や鼻、口から血を大量に流しながら、息絶えたローヴェリーと母親の死に対して勢いよく泣き叫ぶことしかできないリッテ、そして、それをただ呆然と立ち尽くすロードの姿がいた。
「ロード…何で、お前がここに!?」
「ああ、あああ、ああああ!」
「違う…これは違うんだ! 私はただ…!」
ロードの声には焦りと絶望が伺えたことをアラウスは感じた。第一、心を持ち始めたはずのロードがローヴェリーを殺すはずないと信じていた。しかし、ニオはそう思わず、ロードが言い切るよりも先に持っていた拳銃を彼に目掛けて、発砲した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
ロードの顔の部分にかすりつけてもニオの銃撃は止まらない。その瞳は理性を失う程恐ろしく、その顔は鬼のように歪め、その叫びは全ての憎しみをぶつけるかのように張り裂ける。
「死ね! 消えろ! この悪魔が! この屑野郎が!」
「違うんだ! 本当に違うんだ!」
「心もない兵器が人の言葉を喋るな!」
ロードは腕にも胴体にも銃弾の穴を開けられながら理解する、自身がニオを傷つけたことに。ロードは窓から出て、飛び立とうとした。その瞬間、ニオはロードの頭を射貫こうとする。しかし、アラウスは止めに入る。
「落ち着け! あいつがお前の母親を殺す訳がない! 何かの間違いだ!」
「黙れ! 殺してやる! あいつもお前も!」
その時、弾丸がロードの背中にある浮遊噴出装置(フロート・ジェットパック)に当たったことで故障し、飛び去ることもできずに貧民街(スラム)の路地に転げ落ちた。
ロードは飛べないと知るや一目散に駆け始めた。目的地さへも考えないまま、貧民街(スラム)中を駆け巡った。
しかし、貧民街(スラム)の大通りを通った時、一人の少女にぶつかったおさげの髪が黒く、肌が浅黒い少女だった。怪人のような異形さを持つロードの姿を見た少女は瞳孔が小さくしながら、眼球と唇を震わせ、呟く。
「化け物…」
ロードはその少女を見た途端、彼女の瞳に自分への恐怖が宿っていることに気が付き、悪寒を感じた。
「すまない、ぶつかってしまって、私は危害を加えようというつもりは」
「嫌! 来ないで、化け物!」
勢いよくロードの方を振り背き、前屈みにしゃがみ込み、身体を震わせる。それはまるで、針鼠が自らの毛皮にくるみ、天敵から身を守るように。
すると、周囲にいた居住民もロードを恐れ、心と声と息を荒げ、身体が思うように動けなくなり、彼に恐怖・嫌悪・軽蔑の念を宿す視線を突き立てる。
「おい、あれ、人工兵士じゃねぇか⁉」
「なんで、人殺しの兵器がこんな所にあるのよ⁉」
「まさか、貧民街(スラム)の俺たちを全員殺す気か⁉」
「嫌よ! 殺されたくない!」
「怖いよ~、ママ!」
ロードはその視線にくし刺しにされながらも、ただ狼狽し、自身を弁明することしかできなかった。
「ちっ、違うんだ。私は誰も危害を加えるつもりは…危害を…加える?」
ロードは居住民の瞳を間近に見た時、蔑まされる恐怖の中で身に覚えのあるものが分かった。
(助けてくれ! 助けて下さ……ぎゃぁぁぁぁぁ‼)
(くっ、来るな! 来るなぁぁぁぁぁ‼)
(嫌だ! 死にたくない! 死にたくなぁぁぁ……)
(神よ、お願いです! この子達だけは! この子達だけは!)
(黙れ! 心のない兵器が、俺の国を襲った化け物が何を言いやがるんだ! 死ね〜〜!)
(死ね! 消えろ! この悪魔が! この屑野郎が! 心もない兵器が人の言葉を喋るな!)
ロードは思い出した。かつて、自分が戦争に赴き、多くの兵士を無残に殺したこと。罪なきあの親子に刃を向いたこと。そして、あの親子への贖罪も、目の前の少女への弁明さへも、自分にとって都合の良いだということに自身への嫌悪が迎えた。
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