第十四話:償いのワクチン

 少年はアラウスを屋内に連れた。ロードはかつて自分が殺そうとした少年に対し、引け目を感じていた。

ロードは内蔵された聴覚センサーで屋内の音を拾おうとする。

「でっ、また来たのかよ。立派な兵士という戦争屋が何の用だよ。」

「まぁな、戦争屋でも善行(きまぐれ)があるんだよ。」

 訝しげに視線を刺す茶髪碧眼の少年ニオ・リフェソールに対し、アラウスは朗らかに受け答え、懐から銀色のパックに包まれた人工水と缶詰などの保存食を出した。

「罪滅ぼしのつもりか? それとも、ご機嫌取りか?」

「そういう善行(きまぐれ)だからな、有難く受け取って欲しい。」

 その時、二階に続く階段から彼の母親である茶髪のロングヘア―の女性ローヴェリー・リフェソールが赤子のリッテ・リフェソールを抱え、アラウスに挨拶をする。

「まぁ、また来てくれたんですか?アラウスさん。」

「母さん! こんな奴の為に体を無理しないでくれよ!」

「ニオ、駄目よ。恩人をそんな風に悪く言うのは。大いなる主に認められませんよ。ゴホッ、ゴホッ…」

「母さん!」

ローヴェリーは首に掛かっている十字架のペンダントを強く握りしめる。彼女のやつれた足取りと苦しい顔色での笑みを見て、アラウスは心配する。

「ローヴェリーさん。あまり、無理をしないで下さい。二階にあるベッドにいるなら、私が直接…」

「いいえ。いつ死ぬか分からない身体でも、最後の時まで我が子や恩人であるあなたたちに付き添いたいのです。ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ…」

「あ~う~。」

 咳を出すローヴェリーとそれを心配そうにみるリッテ。ニオはその光景に見るに堪えず、アラウスにとあることを言う。

「なぁ、戦争屋のおっさん。あんたの兵舎の近くの病棟にワクチンとかあるか?」

「おいおい、確かあそこには細菌兵器を作っていると聞いてたが?」

「この貧民街(スラム)の大人たちが噂しているんだよ。兵士の病気に使う特効薬があるんだって。」

「本当か、だがな…あそこは上層部にしか立ち入りが出来ない所だからな。」

 その時、窓から噴出された風が吹きつけていた。リフェソール一家はこの突風を不思議に思うも気にはとめなかったが、アラウスだけは見覚えがある感じだった。

(ロード、あいつなのか?いや、考え過ぎか?)


 ロードはすでに居住区の上空に位置し、病棟に向かっていた。心の内に罪悪感と自己嫌悪を秘めながら。

「今まで、兵器として敵兵を殺すだけを考えてきた。しかし、それだけでいいのかという疑問もいつしか芽生えていた。アラウスとの出会いがそうしたのか分からない。それでも、あの親子たちに会う資格はなくとも、報いる資格はあるはずだ。」

 ロードはすぐに目的地へと辿り着く。そこはドーム型の屋根を持つ円形の病棟。窓はないことで外界情報漏洩を遮断し、無機質な外観は逆に恐ろしい程の清潔さを感じる。

 ロードは前門の扉に手を掛けようとするが、門番の兵士二人が遮る。

「おい、貴様。ここは上層部以外立ち入り禁止だ。てっ、こいつは人工兵士⁉」

「何で、こんな奴が病棟にいるんだよ。機械の病気(コンピュータ・ウイルス)を治しに来たのかよ!?」

「すまないが、知り合いの居住民が病気にかかっている。病気を治すあるいは抑えるワクチンをもらえないだろうか?」

 ロードは丁寧に頼み込むが、彼を人間相手だと思わない門番たちは鼻で笑い、悪態をつく。

「はっ、居住民に薬物を与えてはならないのが軍の規律なんだよ。それさえも分からないのか、この鉄屑が。」

「…」

「大体、人を殺せばいいだけの道具が子供のお使いにいってんじゃねぇよ。」

「…そうか。」

 ロードの返事には冷たく、鋭い何かを感じさせるのがあった。

「だったら、帰ってくれよ。お前のような糞鉄野郎とは違って、こっちはいそが…グガァ!?」

 ロードは一人の兵士に頭蓋の鷲掴み(アイアンフック)をし、ミシミシと軋む音と悲鳴をまき散らせた。

「アガぁ!? 痛ぇ!? 痛ぇよ!?」

「おい!? 何やってんだよ!? 故障なのか!? だったら、あの糞爺に直してもらえよ!?」

 もう一人の兵士は困惑する中、ロードは振り向き、どす黒いように暗く、静かな声で脅す。

「私は決してむかついている訳じゃない。ただ、こうでもしないと色々と舐められて、話が前へ進めない。なら、舐められる前に先手を打つだけだと私は思っている。」

「こんなことしてただで済むと思うなよ! 上から言いつければ、いくらお前でも…」

 兵士は軍服の懐から携帯型無線機(トランシーバー)を取り出し、上層部に連絡しようとするが、ロードは超周波振動電磁刃(サイバーエッジ)で携帯型無線機(トランシーバー)を真っ二つに斬り裂く。

「お願いだから、これ以上事を荒立てないでくれ。私はただ刃を向けてしまった親子に償いたいだけなんだ。だから…私を怒らせないでくれ。」

「ああ、あああ、許じで、ぐだざい。苦じい、苦じいよ…」

「はい、すんません! 命だけはお助けを!」

 白目をむき、口から泡を吐きそうな兵士を顧みず、平和的(きょうせいてき)解決(あらわざ)で試練を突破した。後に、彼の生みの親が意味不明な言語を喚き散らし、頭に血が上り、顔が赤くなるくらい憤ることになるのはまた、別の話だ。

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