第十二話:愚痴

「これはどういうことだ?」

 眉間に皺を寄せたダムは深く溜息をつける。そして、紙資料と化したデータをまじまじと見せつける。

「何故、戦闘データ以外のデータが大事に保存されている。何がギリシア神話だ?しかも、要らぬ読書感想文みたいなものもある始末だ。」

「戦闘データだけでも採れたのならいいのではないか。」

 ロードが口答えをした瞬間、ダムは紙資料の束を激しく机に叩きつけ、鋭い目つきで訴え返すかのように声を張り詰めた。

「ふざけるな! 純粋なお前個人の戦闘データならともかく、何故お前がいる部隊の配慮方法まで書かれているんだ⁉無駄なデータ! 無駄な行動理念! そして、無駄な名付け! その無駄だらけの欠陥品を産んだ覚えはないぞ!」

 ダムはロードの頭を目掛け、左拳を振りかぶるが、ロードは易々と片手で制止する。

「製造番号では呼びにくいはずだ。アラウスが付けてくれた今の名は意味がある。だから、無駄じゃない。」

 ダムはロードの手を振りほどき、下を向いて呼吸した。そして、彼の瞳(レンズ)の奥までを凝視するかのように再び睨んだ。

「貴様を一度も息子だと感じたことはない。何故なら、産んだのではなく、私の最高の道具として造り上げたのだからな!いずれ、後悔するぞ、道具、ましてやただの兵器が心を持つことをな…」

 ダムはロードに背を向け、強い足踏みで鉄の床を大きく鳴らしながら研究に戻る。ロードはそんな生みの親にそっぽを向き、研究所の出入り口へと向かい、そこで待っていたアラウスと合流し、廊下を渡り歩く。

「すまないな、アラウス。あの男の耳障りな騒音を聞きながら、待ってくれたことに感謝する。」

「いいって、ことよ。お前の方が大丈夫なのか?声色が荒れているぞ。」

「前々から思っていたが、私のマスターは私の扱いが酷すぎる。労いの言葉もない癖に悪口を延々と。アラウスと出会う前の私が何故、あの偏屈で意地が悪い堅物に従っているのが不思議だ。」

「お前も人間らしくなってきたな。」

 ロードとダムの主従関係は最悪だった。事あるごとに戦闘データの質を問い、それらを差し出しても感謝の代わりに”遅い!””次を早く取って来い”などの罵倒を言い放つ。挙句の果てに戦闘データの研究の為に仲間を見捨てろという始末。もし、反論しようものならさらに憤慨するして手を付けられない為、必要最低限の諫言まで抑えている。

 そんな立ち回りのロードはアラウスにいつも愚痴を聞いてもらっているが、ちょうど、基地の出入り口である巨大な隔離扉から外へ出た所でアラウスはロードにせわしなく声を掛ける。

「こっからは野暮用だ。ついて来なくていいからな。」

「野暮用?そっちは居住区だ。兵士の宿舎があるのはこっちのはずだが?」

 アラウスは顔を顰めながらも、苦笑いで答えた。

「昨夜、上司からくすねた年代物のワインで宴会しただろ。」

「ああ、確かにヘルメも泥酔し、お前も寝込んでいたな。」

「実はその後起きて、寝ぼけて酔った勢いで居住区までふらついちゃってな。その時に落とし物をしちまったんだ。」

「なら、私も手伝おう。落とし物の特徴を言ってくれれば…」

「すまねぇが、一人で探させてくれ。じゃあな。」

 アラウスはそそくさとロードの前から去った。ロードはただ黙って、見送った。しかし、彼はただアラウスの言う通りのことを認めなかった。何故なら、

「アラウス。何故、嘘をつく目をしているんだ?」

 ロードはアラウスを含む人間の営みに触れ、共生という経験を積む度にある異能を手に入れた。それは相手の内面を見る観察眼だった。アラウスから様々な感情を知り、人の表情や瞳の動きを伺う内に研ぎ澄まされていた。事実、アラウスが理由を話した際、一瞬、自分から目を不自然に逸らした。しかも、会話の中で複数回も。彼に嘘への後ろめたさがある証拠だ。

 ロードはそんなアラウスを見て、不安に駆られたかのように動揺する。そして、その不安が行動を想起させ、彼はアラウスの跡をつける。

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