第十一話:戦争を疑う

 軍用車ジプシーに乗って、【白林の要塞】の数十㎞前に設置してあるテントに着いた時、ロードは高性能音感エコロケーション探知機能サーチレーダーを耳にし、微かな音を察知する。

「皆、テントの様子がおかしい。しかも、第一部隊のテントにだ。」

「何⁉ と言うか位置が分かるのか?」

高性能音感エコロケーション探知機能サーチレーダーは周囲30㎞に存在する空気中の僅かな振動を音として捉え、更に人工知能わたしのあたま頭脳コンピュータで該当の項目と共通する周波数を推測し、目標の行動範囲が分かる。」

 ロードの特異能力に第一部隊に呆然とする中、アラウスとヘルメだけは第一部隊テントの異常事態に眉を顰めた。

「もしかして、侵入者か?」

「ああ、今は多分、食糧を食べている、咀嚼音を感じるから。」

「えぇ⁉︎ もしかして、俺秘蔵のおやつを食べてるの⁉︎ やだよ、ダメだよ!」

「ディオメのおやつはともかく、侵入者が何をしでかすか気になる。ロード行けるか?」

了解ラジャー、行ってくる。」

 ロードはすぐさま高速飛行でテントに向かう。着いた頃にはテントの入り口から食料を漁る物音、それらを勢いよく頬張る咀嚼音と荒い呼吸音が聴こえてくる。

「お前は中亜連合の兵士か?」

 問い質した先にいたのは中亜連合独自の白き軍服を着た黒髪黒目の中国人だった。しかし、白という清楚な軍服は土砂汚れと食料品のカスに塗れ、脂汗で滾った表情もこちらを見るなり、恐怖に支配されていた。

「ばっ、化け物!?  こ、こっちくんな! ひぃ〜〜〜。」

 そこに立派に戦う敵国の軍人としての面影はなく、戦場もちばから逃げて、食料を害虫のように食い荒らす惨めな脱走兵としての印象が伝わった。

「私は何もしない。投降すれば、捕虜として扱う。私は手荒な真似をしないことを約束しよう。」

「黙れ! 心のない兵器が、俺の国を襲った化け物が何を言いやがるんだ! 死ね〜〜!」

 説得虚しく、敵兵は持っていた飲料瓶を凶器にして、ロードに襲い掛かる。しかし、突如として銃声が鳴り響き、敵兵のこめかみには銃弾の穴が開いていた。

「ヘルメ。」

 ロードは後ろに視線を置くと、そこには狙撃銃スナイパーライフルを構え、ヘルメの姿だった。

「すまない、礼を言う。私がもう少し上手くやれば…」

 その時、ヘルメは静かに重い足取りでロードに向かい、殴った。そして、胸倉を掴まれたロードが見たのは鬼のような形相で睨みつけるヘルメの眼光、今までおちゃらけた一面かおの裏から裂け出した本心であった。

「上手く説得すればいいと思ってんのか! 脱走兵でも軍人何だよ! 隊長の前のお前みたいな媚び諂って、色目使ってるような甘ちゃんとは訳が違う!」

 対するロードは怒りも焦りも見せず、ヘルメの怒りを受け入れ、冷静に対処する。

「すまない。アラウスやお前のような立派な軍人ではなくて。相手の憎しみやプライドを分からず、説得すれば丸く収まるような短絡的考えをしてしまった。お前の言う通り私には覚悟が足りなかった。」

 ロードの謝罪に苛立ちを感じたヘルメは胸倉を離し、苦虫を噛み潰したように歯軋りし、そっぽを向いた。

「俺はお前を仲間だと思ってねぇよ、鉄屑野郎。」

「そこまでにしておけよ、ヘルメ。」

 アラウスも第一部隊のテントに到着した。他の隊員はもしもの場合に備え、待機していたが、一部始終を見ていたアラウスの連絡を受け、安堵し、軍用車ジプシーの点検をしていた。

 アラウスはロードに手を差し伸べ、ロードはアラウスの手を掴み、起き上がった。ヘルメは再びおちゃらけた一面かおに戻り、口角を吊り上がらせる。

「いや、俺はただ叱っただけっスよ。」

 ヘルメは他の隊員に会う為にテントを後にした。

「アラウス、何故、人は争う。生きる為に争うはずが逆に死んでしまう? 争わなければ、あの脱走兵が死ぬことも、あの親子が…いや、違う。」

 ロードは自分が殺そうとした親子を思い出した。かつての自分なら小虫ほど気にせず、塵のように無視したが、今ではあの過去の行為そのものが忌避であると感じた瞬間、自らの自己矛盾に生まれる。

「違う、私は争いに勝つ為に生まれ、争いがあるからこそ生まれたのではないか?

違う、争いが続けば、人類は死滅し、意味がなくなるじゃないか?

違う、争いが無かったら、私は生まれなかったのだから、争いを否定する資格が私にはないのだろうか? 違う、違う、違う、違う、違う…」

 ロードは平常心が狂い、不安と自己嫌悪に陥る。精神機能AIシステムが過剰作動とそれによる熱処理の繰り返し、大気中の熱波が生じているのを察知したアラウスはロードのシステム配線が焼き切ってしまうことを恐れ、持っていた水筒にある人工水を彼の頭にぶっ掛ける。

「はぎゃ!?」

「大丈夫か、ロード!」

「大丈夫だ。私の身体が防水加工されてなかったら、精密なシステムがこわれそうだったがな…」

「それはすまなかった。あの糞科学者ほど機械に詳しくなかったからな。それよりも…」

 安堵したアラウスは頭を掻くも、ロードの両頬に両手を置き、子供に言い聞かすかのように彼の瞳に背かず、見つめる。

「いいか、ロード。俺を含むこの世紀末の軍人は敵対者を傷つけ、殺すしか能がない心の無い兵器同等の最低野郎だ。だが、兵器が殺す今しか結果に出さないのと違って、俺たち軍人は殺した後のことを考える。殺した敵の無念や殺された仲間への想い、殺してしまった自分の責任を背負ってな。それを道と呼んでいる、なら、その心から逃げなければ、お前も人間と同じ生き方ができるんだよ、いいな。」

「…了解ラジャー。」

 ロードはアラウスの熱弁に押され、精神の不安定から脱却した。

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