第八話:始まりの名を

 殴り合いが終わり、周りの喧騒もやんだ早朝。スモッグ空の向こうにある朝日の光が差したのは仰向けに倒れ、疲れたアラウスと異形だった。周りの兵士たちは軍の朝礼に向かったが、二人の時間だけは止まっていた。

「ハハッ」

 アラウスは疲れながらも笑い声と笑みを振り絞り、昨夜の喧嘩を楽しい思い出として味わう。しかし、鉄人だけは自らにある心が何なのかを理解できず、苦悩していた。

「何故笑う、私たちは無意味な戦いのせいで疲弊してるはずだが。」

「いや、お前が面白い奴なんだなと思って。」

「面白い?」

 鉄人は呆れたような声色で起き上がる。アラウスも同じく立ち上がり、互いに見合う。

「お前ってさ、自分が気が付いてないみたいだが、お前の鉄の身体に心が宿ってるんだよ。」

「心なんて言うデータは知らん。第一、そんなものを持ったところで戦場で何の役に立…」

「生きることだ。」

 穏やかな表情のアラウスの瞳に真剣な光明が差す。その瞳の奥に輝く何かに鉄人の視線が離れなかった。

「心なんてもんはただの我儘なんだよ。戦争前じゃ、美味しいもん食べたい、好きなだけ寝たい、大切なもんは護りたいだの言って、それらが突き動かされる。だから、心があれば生きることができるんだよ。」

「ならば、私に心なんてない。何しろそういう欲めいたことは考えて…」

 その時、異形はふと考えた。なら何故、自分は戦うのかと。

 自らの創造主であるダムに従う事だけを淡々とこなすだけと考えていた。しかし、その理由を知る事さへも考えてなかった。その疑問が徐々に膨れ上がり、大きな不安と化す。

何故、敵兵を殺さなければならないのか?

何故、戦争が起きるのだろうか?

何故、創造主に従わなければならないのか?

 それでも、気持ちを押し込み、平然を装い、アラウスに聞く。

「なら何故、戦場に赴く? お前みたいな善人が兵士をやっているんだ?」

 その問いに対し、アラウスは頭を搔きながら、苦笑し、腕を組む。

「まぁ、成り行きとか、生活の確保とか色々あるが…」

 その時、朝焼けがアラウスの後光となり、彼が鉄人に振り向き、こう言った。

「生きる理由を見つけるためだ。兵士の強さがなきゃ、戦争は終わらせないだろ。」

 鉄人は想う。この男のような心を知りたいと。


 研究所に戻った鉄人は創造主にして、自らの絶対的支配者たるダムの前に立ち、報告した。

「どうやら、話が終わったようだな。なら、早速データ消去を始める。」

「待って下さい、少し提案があります。」

「何が言いたい。」

「私をアラウスのい…、第一部隊に編入させて下さい。」

 彼の老獪な顔にはさらなるしわが立ち、鋭い目つきでその瞳に映る鉄人を睨んでいた。

「何故、そうなる。役に立たない駒どもと共にいて、何になる?」

「私のような人工兵士を良く思わない現役兵士が多くいる。故に、彼らと信頼関係を築くべきです。」

 ダムは怒りを飛ばすことを冷酷に堪える。

「そんな奴ら放って置けば飢え死になり、問題にならない。」

「もし、彼らが人工兵士を量産する前に暴動を起こしたら、あなたの計画に支障が出るはずです。なら、そうならないために私が部隊と共に戦い、理解できる存在だと現役兵士たちに認識させるのがベストです。」

 その時、ダムは机に置いてあったスタンガンを持ち、鉄人の身体に電流を浴びせようとする。

「道具の分際で儂に指図するなと言ったはずだ! この役立たずが!」

 怒り狂った顔と共にスタンガンを持った手を振り飛ばすダムに対し、鉄人は片手で彼の手首を強く掴み、黙らせる。

「がっ!?」

「どうか、怒りを堪えて下さい。私に無駄な知恵を与えないのは、反抗を抑える為だと。なら、その無駄な意地がいずれ自身の支障をきたすと提言します。」

 その行動は明らかに反抗していた。ダムはその禁忌を在り方プログラムに設定してない。故に気づいた。異形が自ら考えた在り方プログラムなのだと。否、異形が疑問を持った時に気づくべきだと後悔した。その事実を知ったダムは落ち着きを取り戻し、冷酷なかおへと戻る。

「ならば、勝手にするがいい。どうせ、貴様はその無駄を知っても後悔するだけだ。その果ての英断を期待してやる。」

「理解を感謝致します、マスター。」

「それと…、その無駄を教えた大隊長様にも教えてやれ。“覚えていろ”と」

 ダムはそう言い残し、鉄人に背を向け、ブツブツ言いながら、コンピューターに向かって、研究を再開した。異形は研究所を後にした。その廊下の先にはアラウスが何故か待ちわびていた。

「よお、話し合いが終わったようだな。」

「アラウス、何故ここに?」

「軍の朝礼は普段サボってるんだよ。プロバガンダが嫌いだからよ。」

 開き直ったアラウスが清々しく言う。軍の朝礼は上層部が上から戦争意欲促進や命令絶対を行うための出鱈目だと感じ、自分の部隊にも積極的に出ないように言い聞かせている。唯一、ヘルメだけは上層部の顔を伺う為に出席し、違反行為を見なされないようにしている。

「それよりいいのか。あいつに逆らったことを言って、すぐに廃棄されそうになったらどうしたんだ。」

「いや、それはない。マスターは傲慢に振る舞っているが、根は冷静で冷酷だ。自分の代わりはないと分かってるからこそ怒りを抑え込んだんだ。私がこんな風に考えるのは初めてだが。」

「もしかして、お前意外と狡猾なんだな。まぁ、いいけど。」

 しばらく、二人で廊下を歩き渡ると、不意にアラウスが立ち止まり、鉄人に声を掛ける。

「なぁ、お前の名前ってあるのか?」

 異形はしばらく首を傾げ、手をポンと叩き、答える

「製造番号α1212―04だが。」

「寂しすぎる名前じゃねぇか。そんな数字の羅列は味気ないしな。なら…」

 “お前の名前はロードって言うのはどうだ。”

 その言葉が、その名が、その意味が、鉄人である彼の生き方へと変わった。

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