第七話:暴走と再戦
異形はなおもアラウスの部下たちに攻撃され続ける中、静けさに陥った。しかし、その静けさはついに破られる。
「おいおい、張り合いがなさすぎるんじゃねぇか? 少しははんげ…」
言いかけた一人の兵士は鈍い音と共に吹き飛ばされた。顔の下半身を歯が折れるまで歪に曲がり、鉄人の左手には血がこびりついていた。
「はんげぇ…!?」
「少し反撃したつもりだが。これで終わりか?」
襲うはずのない人形が牙をむいた。その事実に凍り付き、恐怖し、アラウスの部下たちに混乱を招いた。一人の兵士が動転し、鉄パイプで殴りかかる。
「うっ、ああああああああ!」
「ふん…」
振り下ろされたパイプを片手で掴んだ鉄人はそのまま低空に飛び、兵士を持ち上げた。
「あっ、ああっ、あああ…」
「すまない。下ろしてやろう。」
空気を裂く音と共に異形は兵士を地面に叩き落とした。
「あっ、がぁ…」
あばらが折れた兵士を確認した後、残りの兵士たちを見やる。アラウスたちの部下は鉄人に対し、恐怖と後悔で頭がいっぱいになり、足も歯も心も怯えで震える。
「まっ、待ってくれ。別に悪気があった訳じゃ…」
「上層部を恐れることはなくても、私を恐れるとはな。貴様らの方が兵士の先達だろ。このざまでよく戦場を生き残れたものだな。」
兵士たちを挑発する鉄人。弱腰だった兵士たちも流石に悔しさを感じ、苦虫を噛み潰すかのように歯を食い縛る。
「てめぇ、機械の力で勝っているからって調子乗りやがって。」
「待てよ。てめぇら。」
アラウスは再びかかろうとする自分の部下たちを制止、鉄人の前に立つ。彼の眼は軽蔑も恐怖もないある確信を秘めていた。
「何だ。今度はお前が相手になるのか。いいぞ、かかってこい。」
「ああ、お前にはすまねぇことをしたが、このまま俺の部下たちを一方的にやられるのは隊長として見過ごせないからな。」
アラウスが確信したこと。それは鉄人には心が宿っていることだ。怒りによる兵士達への応酬。必要のない挑発。そして、当然の来訪。その行動原理は機械的な思考ではなく、人間由来の衝動的感情だと推測する。出会った当初とは比べ物にならない生暖かい殺気を見に受け、何故、感情を取得したのかが分からないが、前よりはましと考えた。
「私としては好都合だ。お前のせいで色々引っ掻き回され、マスターにも叱られるわで処理が大変だったからな。」
「もしかして、むかついているのか?」
その瞬間、鉄人は興奮状態の猪のように高速飛行の応用で突進し、殴りにかかる。
しかし、アラウスは突然の攻撃に驚きつつ、その突進を横手で回避した。
「いきなり、何すんだ!?」
「心だとか、むかついているだとか、私の知らない
(心と感情の意味を知らないのか?ということは先に恐れを口にしたのは部下の真似事か?なら…)
「いいぜ、お前の相手になってやる。お互いただのサンドバッグにはならないようにな。」
次はアラウスが先手を取る。アラウスは前屈みの低姿勢で鉄人の懐めがげて突入する。平面の視線で捉えていた鉄人は彼が一瞬の死角に入ったことで、たじろぐ。その隙にアラウスが鉄人めがげてアッパーをかまし、彼の頭を打ち付けた。
「がっ!? そこか!?」
鉄人が先ほどの攻撃でアラウスが前にいることを理解し、左足で蹴り上げる。アラウス蹴りが直撃したが、受け身の体勢を整ったため、何とか持ち堪えた。
「ぐっ!? 中々やるな!」
鉄人はアラウスめがげて連続ジャブの応酬を放つ。白兵戦のデータと機械の性能で高い威力をスピードに乗せ、多数当てるつもりだった。しかし、彼の正確な連射をアラウスは軽々と避ける。
「なっ!? 何故避けられる!?」
「はっ! 舐めるなよ! こちとら第一部隊でいつも戦争の前線に立ってるんだ。無数の銃弾より、お前のジャブの方が大きく空ぶって、避けやすいんだよ!」
余裕的表情を浮かぶアラウスの目には闘志の炎が宿っている。そんな彼は元々、非戦争主義の一般人であった。徴兵によって兵士となっただけで特出した軍人ではなかった。
しかし、彼は兵士になった時に考えたのは生き抜くことだった。過酷な訓練と幾多の戦争で経験と知識を積み上げ、独学に解析。そして、自主練を怠らない。戦場の際は回避を主軸とし、敵兵にいち早く見つけた際は素早く殺した。敵前逃亡する者は深追いせず、戦況が有利になれば、余り身を出さなかった。
彼は生き抜く過程で多くの敵兵を殺したことで軍人として昇進し、部隊を持つようになった。その部隊にも自らの生き抜く持論を伝授させ、高確率で生存と迎撃をした。後に、彼の部隊は戦場で最初に切り込む一番隊を任され、部隊全体の評判もうなぎ上りになる。
無慈悲な殺戮兵器である鉄人に対し、攻勢を立てるのは彼が生き抜くという目的に忠実で運と実力を身についた成り上がりの最強軍人であることに他ならない。しかし、
「たとえ、その格闘技術が我流でも、心理行動パターンを回避の軌道予測に当てはめれば…そこだ!」
「がっ!? 当たっただと!?」
鉄人の拳は遂にアラウスの懐に届き、彼は機械駆動が齎す威力に後ろに倒れる。その隙に向かって、鉄人は拳を振りかざす。
「もらった!」
その時、アラウスは手に掴んだ砂埃を鉄人のカメラを宿した瞳に投げつける。
鉄人は突然の視界遮断に気を取られ、拳が地面の方に空振りし、アラウスはその場を脱し、仕切り直しに構える。
「なっ!? なんていうやり方だ!? その手があったとは!?」
「戦いっていうのは卑怯でも許されなきゃ生きて前へ進むことができねぇからな! 俺はその為に戦っているんだよ!」
「そんなもの、知ったことか!」
鉄人は地面蹴り上げ、撒き散らした砂埃をアラウスの視界を覆わせた所にすかさず、特攻を駆ける。
しかし、アラウスは視覚以外の感覚を振り絞り、回避しつつ、鉄人の腕を掴み、背負い投げようとする。
「いくぜぇ、鉄人!」
鉄人は宙に逆さになろうとする前に飛翔し、アラウスはその拍子に掴んでいた鉄人の腕を離され、尻餅と背中から地面に落ちる。
「痛っつ!? やるじゃねぇか、鉄人! ここまでいい喧嘩は始めてだ!」
「何を言っている? この戦いも、戦争と同じ、行動原理の普遍だ。良いも悪いもないのではないか…」
鉄人が周りに気が付けば、周りにいる兵士の数が増え、観戦の野次馬と化していた。
「アラウス隊長! こんな鉄野郎には負けないでくれ!」
「おい、鉄野郎! 面白いもん見せてくれるじゃねぇか! あんたに賭けるぜ!」
「こんな面白いもん見れるなんてな! 疲れが吹っ飛んじまうぜ!」
鉄人はこの殺風景な場に歓声を浴びる理由が分からなかった。それでも、AIに刻まれた高揚感というバグが理由なく溢れ、突き動かす。
「何だ? この状態は? 何故、こうなった? そして、私にあるこの何だ…? この…?」
「心だよ。」
「…!?」
沸き立つ何かを形容できない鉄人に対し、アラウスは答える。
「心って言うのは、俺にも分からねぇ? だが、分かる。お前が怒って、俺の部下を襲ったのも、俺への攻撃が上手くいった時に無邪気に笑っていることも俺には分かる。」
「何故、分かる? 表情という機能も心というデータもない私の何が分かる?」
「分からないから、分かるんだよ。心ってのは経験を積めば、いずれは。」
「分からない…、人間も、心も、この私に起きてることでさへ。でも…」
あやふやな表現で茶化すアラウスに対し、彼は鉄人である人形の中身にも、論理やデータに支配されたコンピュータにもないあるものが芽生え始める。
「知りたい。」
これが鉄人ではなく、後に次元の戦士になる者が初めて出会った親友との邂逅である。
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