第六話:暴力とトリガー

 軍事基地である鉄塊の塔の隣には軍寮がある。しかし、その風貌は壮大な本拠地とは違い、陳腐なものだ。一、二階建ての団地が駄々広く並び、内装は収容所よりマシであっても簡素なもので、マットがないベッドとガラスの無い窓しかなく、兵士たちの所有物ガラクタが乱雑に置かれているだけだった。

 アラウスの部隊も上司からくすねた酒や食料が床に散らかり、英霊の安息地ヴァルハラには及ばずとも楽しい宴を催す。

 部下たちが異形のもたらした勝利を自分たちの手柄とし、酔いで笑う中、アラウスだけが殺風景な窓の冷風を浴びながら、物思いに更けて行った。そこにヘルメが通りかかる。

「隊長、大丈夫ですか?まだ、あの鉄野郎の言ってたことを気にするんですか?」

「ああ、気にすんな。心の無い奴に何を説教しても無駄なんてこと分かってるよ。

でも、それじゃ何も言い返せないなんてことを考えてな。」

 部下たちの騒がしい笑い声の中でアラウスの苦笑だけが寂しい静けさを漂わせた。

「悔しいっスか?」

「そんな訳ないだろ。あんな奴、無視すれば大概…」

 言いかけたその刹那、飛来する高音と重い衝突音が聞こえ、衝撃の余波が自分たちの身に伝わった。何かと思い、外へ出ると低く広がったクレータ―の上に立つ鉄人というのが正体だと分かった。アラウスは怒りで顔を苦くし、その来訪者に怒鳴りを上げる。

「屑鉄野郎!? 何しに来たんだ!?」

「時間が惜しい。私の問いに答えろ。」

 部下たちが訳も分からない登場に驚いたが、自分たち兵士の沽券にまつわる敵になろうとする鉄人を無視できず、目の敵にしていた。アラウスも鉄人を牽制しつつ、睨み返す。

「あの親子を守ったのは何故だ? お前の言う心とは一体何だ? 答えろ!」

「心の無い奴分かるわけないだろ! 心を学んでから出直してきやがれ!」

「…!?」

 自らの主に教えてもらえないことを言おうか考えようとした。

 その時、アラウスの後ろにいる兵士の一人が空き缶を投げつけた。異形はその空き缶をすぐさま展開した超周波振動電磁刃サイバーエッジで斬り付けた。

「何の真似だ?」

 異形の呼びかけに答えるかの如く、アラウスとヘルメ以外の部下たちが彼の周りを囲うように群がり、蔑むように睨んだ。

「おい、鉄屑野郎。」

「私は鉄屑野郎ではない。正式番号の」

 話の途中、兵士の一人が持っていた鉄パイプで異形の頭を殴った。

「何を…、するんだ…!?」

「お前には味方の兵士を殺さねぇようプログラムされてんだろ。なら、俺たちが一方的にボコるのもできるんだろうが!」

 また別の兵士が壊れた銃剣で今度は鉄人の背中が殴りつけた。

「お前たち…こんなことして…軍の上層部に…」

「うるせぇ! 上層部の糞野郎や人外のてめぇを恐れて、戦争に勝てるのかよ!」

 アラウスの部下たちはサンドバックと化した鉄人を鈍器や拳で殴り、足で蹴り、日ごろの鬱憤を晴らすかのように虐待した。その光景にアラウスは苦しい怒りを振り絞る。

「いい加減にしろ! こいつよりてめぇらの方が心無い存在だろ! やめやがれ!」

 憤るアラウスとは正反対に冷淡なヘルメもことの重大さに顔をしかめる。

「やばいっスよ。こいつら、隊長の言うことを聞いてないくらい熱くなりやがる。」

「止めるぞ! ヘルメ!」

 自分たちが正しいという悪意が鉄人を襲う。アラウスとヘルメはその悪意に気づき、兵士たちを止めようとする。

 鉄人はアラウスの部下たちの下種な笑い声と荒くなる息づかいを聞き、コンピュータのAI内で思考を巡らす。

(何故、こうなった? 何故、奴らは私を襲う?何故、私はあの時の答えを求める? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故?)

 疑問がうずめき、苦悩を繰り返す鉄人は琴線を触れるどころか、切れるようにある決断にいたる。

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