賭博師、賢者ハヤトサイド


 ブロンズ闘技場の前で立ち尽くす俺、ハヤト。

 外れ券をぐしゃぐしゃに丸めて投げつける。


 ブロンズランクの本戦はシルバー、ミスリルよりも早く行われる。

 先週の競技会が終わり、今週から本戦が始まった。

 確実に勝てると思った賭博だった……。


「くそ、くそ、くそっ!! なんであんなガキのパーティーに負けるんだ!! 勇者パーティーだろ!!? あの勝負に勝ってたら……俺の金が……。ふんっ、あいつの装備品を売って金に変えればまだまだ大丈夫だ。次勝てば問題ない」


 目星を付けたのは見習い勇者率いるパーティー。競技会では負けていたが、勇者といえば最強のジョブだ。倍率は低いが手堅い勝負のはずであった。


 それなのに、エルザたんというふざけたパーティーに負けやがった。

 所持金全てを注ぎ込んだ。次の遠征のための金やギルドに献上するための金も全て使った。


 絶対勝てると思ったんだ。


 水晶スマホがブルブルと震える。

 メッセージを見ると、借金の督促状。

 俺は逆に金がまだ借りれないか、と返信する。


 やばいのはわかっている。だが、やめられない。次の大勝負に勝てば借金も全てチャラだ。


「金だ。金が必要なんだ……。金がアレばギャンブルが出来る」


 俺は賢者だ。世界で一番かしこい存在だ。俺が負け続けるなんてありえない。大丈夫だ、俺なら必ず幸せになれる。


 夢想する。闘技場の覇者になり、隣にはエストがいて、誰もが俺にひれ伏す。もう邪魔なユウヤはいない。馬鹿なマリもいない。



 しゃくに触るが新しい仲間とサクラとディアボロは強い。

 アイツラの弱みを握って、陰で操作してギルドのトップを取るんだ。最終的には適当な理由を付けて追放すればいい。


 漆黒の勇者ギルドは序列三位のギルドだ。その利権は莫大な金額になるだろう。

 俺が全て掌握する。


 俺は天才だ。不可能などない。賢者のジョブにつけている人間はもっとも成功するのだ。


 エストが待っているハウスに帰ろう。あいつは光り物が好きだ。土産に高価な指輪を買った。少しばかり借金をしたが、喜ぶ姿が目に浮かぶ。






 ハウスに着くとエストが泣いていた。


「どうした!? 何があったんだ! 誰だ、誰がお前を泣かしたんだ!」


 エストが俺を睨みつける。


「……あんたのせいよ。あんたがまたギャンブルしたんでしょ!! ねえ、見て! 装備が持ってかれたのよ! マリの装備もユウヤの装備も私もあんたのも!!」


 な、に?


「そ、装備がないだと? 俺の金が、俺の資金が!?」


「借金取りが来たのよ……。取り立てだって……もう、勘弁してよ……。どうすんのよこれから……」


「エ、エスト、泣くな。俺達にはバラ色の未来が待っている。そうだ、お土産にティファニストの指輪がある。あのブランド好きだろ?」


 手に持っていた指輪をエストの手によって弾かれた。カランカランという音だけが部屋響く。


「……ねえ、お金無いのよ。なんで借金して、そんなもの買って、ギャンブルして大損して……、あんた自己破産しなさいよ」


 テレビでニュースが流れていた。

 どうでもいいニュースなのに、それが妙に気になった。


『ブロンズランク戦は他のランクに先駆けて今週から始まりました! 注目のパーティーは『女神の騎士』です! なんとこれまで無敗、連戦連勝を重ねています』


「おい、エスト、マリが出ているぞ。ブロンズランクから再スタートだと? 全然気が付かなかったぞ……。あいつはプライドが無いのか……」

「そんなのどうでもいいわよ! あんなバカ……」


 ニュースキャスターは続ける。

 ヒーローインタビューに答えるセイヤという子供。……なんだこいつ? ユウヤと顔がそっくりだ。


『『女神の騎士』パーティーリーダーであるセイヤ君の的確な指示、元ミスリルランクでレベルが落ちた事によりブロンズ落ちしたマリさん、レベルの低さを感じさせない冴えわたる剣技! クリスちゃんとプリムちゃんの超カワイイ連携! 見た目に惑わされちゃ駄目です。このプリムちゃんは重騎士なのに高速移動を使いこなし、戦士並の攻撃力で敵を粉砕します。クリスちゃんは高精度な魔法で回復補助、遠距離攻撃を担っています。その威力はなんとミスリル超えでしょう! 明後日はこの『女神の騎士』と、これまた連戦連勝の強豪『ミンミンとその仲間たち』パーティーとの対戦になります!!! 注目の一戦をお見逃しなく!」


 俺はテレビを消した。

 怒りが収まらない。きっとこいつらのせいで俺は負けたんだ。借金取りがハウスに来た。エストが泣いているのもこいつらのせいだ!!


「ハヤト……、もうギャンブルはやめてね。バカのすることだわ」


「馬鹿野郎ッ!! 俺は賢者ハヤトだ!」


 俺はエストの殴りつけた。通常なら賢者である俺の力ではダメージなんて与えられない。

 特殊な道具を持っている。パーティー登録した仲間同士ではジョブの力が発揮できない、というものだ。

 これも借金をして買った代物だ。もう一度サクラに喧嘩を売られた時に使うつもりだった。


 エストに使うつもりなんてなかった。だがお前が悪いんだ。お前は俺の言う事を聞けば良いんだ。


「や、やめて!? な、なにすんのよ!! ち、力が出ない??」


 殴らないと教育にならない。それでもジョブの力が無いからといってエストが弱いわけではない。攻撃されても不快だ。全力の力で殴りつける。


「いたっ……、やめて、顔は……、顔だけは、ぐっ……」


 俺はエストを殴りつけながら「ごめんな、エスト、ごめんな、これは教育なんだ。これからは俺の言う事だけを聞いてればいい。ごめんな」と言い聞かせた。


 お前がユウヤに執着していたから悪いんだ。

 怒りが収まらない。何故うまくいかない。





 突然後ろから腕を掴まれた。

 羽交い締めにされる。


「……はぁはぁ、あんた、たち、遅いわよ……。べっ、くそっ、回復魔法かけてよ」


 エストが俺に向かって血の混じったつばを吐きつける。


「ういっす、姉御大丈夫っすか?」


「こいつやっちゃっていいっすか?」


「うん、ボコボコに痛めつけてから回復してあげて。次の模擬戦もあるし動けないと私が困るから」


 知らない男達がハウスにいた。

 誰だ、こいつらは?


 エストは壁にもたれかかってタバコを吸い始める。チャラい男が回復魔法をかける。

 そして、羽交い締めにしてるガタイのいい男が――


「へへ、兄ちゃん、エストの姉御を殴った罪は重いぞ。姉御はDJクラブのクイーンなんだよ。へへ、お前の視線が気持ち悪いから、なんかあった時の護衛頼まれて今日からここに住む事になった。よろしくな」


 胸元に入れてあったアイテムを強奪される。

 高レベルの俺がこんな奴らに――


「あっ、そいつらレベル65だから。私達よりも強いわよ。ぷはぁ――、闇ギルド『半グレ』の構成員よ」


 その言葉だけは聞こえた。激しい痛みに襲われた。

 鼓膜を破られたのか何も聞こえない。平衡感覚を失い倒れそうになる。


 どこを殴られているかわからない。亀のように身体を丸める事しかできない。


 俺は、暴力なんて、嫌いなんだ。

 闘技者なんて、なりたくなかった。

 名誉だけ、金だけ、女だけ、ほしかったんだ。


 薄れゆく意識の中、エストがタバコの火を俺に押し当てていた……。


「あんた、一生許さないわよ……。地獄に落ちてもらうわ」



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