女神の本当のスキル発動


 人は怒りが限界を突破すると身体が震える。

 身体は熱くなるのに頭が冷たく冴えわたる。

 これで二度目だ。俺が本気で怒ったのは。あの時もマリだったな……。


 ――マリの身体を抱きしめる。


 全身傷だらけで身体の力が抜けている。この状態を知ってる、魂が抜け落ちているんだ……。

 心臓から鼓動を感じられない。

 自分の鼓動しか聞こえない。


 ……俺のマリとの出会いは村の河原だった。

 薄着で木刀を振るっていたマリの姿がとても美しかったんだ。

 マリは大事な幼馴染で友達だ。


 それは今でも変わらない。俺のレベルが下がり始めて一番心配してくれたのはマリだった。

 口に出して言われなかったけど、あいつはいつもそうだ。


 心のうちに秘めて、自分の感情を表に出さない。ハヤトとエストの事が苦手だったけど、俺が罵倒の対象になれば三人はうまくやっていけるかと思っていた。


 マリは純粋だ。バカなんかじゃない。人間本来の優しさと美徳を備えた心がキレイな子なんだ。


「マリ、起きてくれよ……。ちゃんと話せてねえだろ……、お別れ言えてねえだろ……」


 身体の奥から湧き出てくる悲しみ。ピコン。女神クリスの加護――

 心做しか閃きの音が小さく聞こえる。


 スキル『剣聖』を閃いた……。


「なんだよ、これ……。マリのスキルだぞ? マリが死んだから――え? ……鼓動が聞こえる? 心臓じゃねえ? 腹の奥から?」


 俺はマリの腹に顔を押し付ける。確かに鼓動が聞こえる。小さい、とても小さいが何かを感じる


 パネルが勝手に開いた。


 マリ・ノアール、レベル30、女神のメル友、元アル中、ジョブ元剣聖(一度死んだ事により更新中)、ペットのポチ(ケロベロス)との魂の共感によりスキル境界死地を発動中。


 全身が総毛立った――


「クリスまだマリは死んでない……回復魔法をかけてくれ……」


「セイヤ? なんとっ! ……ならば、我の全ての力を使ってマリを助けるのじゃ!」


「わたしはもう大丈夫です……、あとは気合で毒を追い出します! マリさんを、頼みます!」


 俺はクリスにマリを託す。

 何が起こってるかわからないが、こいつらだけは――






「別れの言葉はもう十分だろ。……そいつは戦士だった。敬意を払うが、そろそろ俺に仕事させてくれ」


 スコーピオン。その男は俺の足元に人差し指を向けて爆散させた――

 俺はスコーピオンと対峙する。


「先に謝っておく。手加減できねえぞ――」


 怒りが身体を包み込む。全ての空間を認識する。SPが一気に半分減った。


「それは俺のセリフだ。――な、に――?」


 スコーピオンの右手の人差し指がポトリと地面に落ちる。

 苦しそうに指を抑える。


「なんで、見えなかった……? レベル60がこんなクソガキに……」


「女神スキル時間停止(弱)」


 ジャミロの時もそうだ、アクエリアスの時もそうだ、時折時間が停止したみたいに先読みする事が出来た。

 はっきりと認識した。


 俺のスキルは時間を止められる。

 それだけじゃない――

 俺にレベル差補正なんて関係ない。


「てめえのレベルは60だって言ったな? 俺のレベルは……ゼロ(Null)だ」


 今まで培ってきた修練が俺のステータスへと変換された。枷があった。それは自分自身を信じきれなれなかった事だ。

 レベルが無くて本当にいいのか? レベルが無くて強者に勝てるのか? そんな小さな事を気にしていたんだ。


 ……どうでもいい。


 俺は自分自身の力を信じた――


『精神と身体のステータス一致確認――、スキルを閃きました。スキルを閃きました。スキルを閃きました――』

 ピピピピピピピピコン――




「嘘ついてんじゃねえぞ!! ははっ、俺だって女神の加護の力でスキルが連続で使えんだよ!! 死ね!! スキル『毒蠍牙』」


 スコーピオン、左手ブレる。

 左手が大きな牙に変化し、俺の胸に突き刺さった。


「……これでレベル60か? プロテイン足りてねえよ」


 素手で牙をへし折る。身体に回る毒はステータスの力で排出させる。

 そして――


「ファイアーボール」


 煉獄の焔に包まれるスコーピオン。

 スコーピオンは地中に潜り、炎に包まれた身体を鎮火させ、あらかじめスキルを準備していたのか、俺に手を向けた――


「――くそがっ!! 死ね『101匹の蠍』!!」


 幾千の針が俺に襲いかかる。

 その一つ一つは致命の一撃――


 ――もしもマリが本調子だったら、こんなスキル効かなかったはずだ。あいつは剣の鬼神だ。


 一呼吸――


「剣聖スキル『月下美人』」


 神速の剣戟で全ての針を撃ち落とす――

 剣が砕け散った。

 構わない。


「な、なんだんだてめえは!? ありえねえだろ!! ……だが、てめえは武器を失った。俺にはまだ仲間が――」


 拳を腰にためる。こいつ相手に剣は必要ない。


「――スキル『一の剣(拳)』」


「はっ!?!?」


 俺の拳がスコーピオンの腹を貫く。


 悲鳴さえも聞こえない。スコーピオンは吹き飛んでいった。







 スコーピオンが吹き飛ばされた先には三人の奇妙な格好をした女たち。


「あれれ、スコーピオン負けちゃったの? あいつは私達四人の中で最弱だからね。クインビー回復してあげて」


「4戦士名乗ってる割には弱いのですぅ〜。はいはい、今回復してあげるですぅ。フロッグ、守りは頼むですよ」


「うっす、うっす、あのイケメンを押さえれば私達の勝ちっす。ミンミン、準備はいいっすか?」


「ちょ、まってイケメンなら仮面のチェックしないと……」


 三人がスコーピオンを回収出来たと思っている。

 だが、違う。


「「「え?」」」


 今ここにいるのは『俺』だ。

 クインビーと名乗る女の子に回復魔法をかけられているのは俺だ。


 一瞬だけ時間を停止させて、スコーピオンを蹴り飛ばしたんだ。



「俺は怒っていると言っただろ!!! スキル『一の剣(拳)』!!」



 三人の女の子目掛けてスキルを発動させた――




 ****



 スコーピオン。



 俺スコーピオンは特別な人間だ。

 女神ウラノス様の加護得て、デスピサロ島での特別試練を乗り越え、鎧を付与された。ブロンズ色に輝く鎧は俺の力を限界以上引き出してくれるものだ。


 今回の依頼は『落ちた女神』の拉致。

 理由なんて知らない。下っ端は仕事をこなすだけだ。 


 そんな俺がボロボロに負けた……。

 腹が痛くて堪らねえ。吹き飛ばされながらも視界に仲間の姿が見えた。


 ……やっと追いつきやがったか。


 クインビーの回復魔法の光が俺を包む。

 その光から突然押し出されたのであった。


 地面に激突。身体はほんの少しだけ回復している。

 ……何が起こったんだ?


「くそ、どうでもいい。今度は四人がかりであの男を――ん?」


 見上げると――

 そこには鬼のような形相をしたマリが立っていた。手には刀を携えている。


「お前死んだんじゃなかったのかよ? ……やめとけ、お前じゃ俺に勝てねえ。拾った命は大事にしろ」


「うるさい……、私は、負けない」


 身体の状態を確認する。腹に穴が空いているが動けないほどじゃない。マリ程度なら相手にできる。

 拉致対象のクリスを確認すると、ぐったりと倒れていた。

 これなら逃げられずに回収できる。


 マリは回復したからといっても、立っているだけで精一杯なはずだ。足が震えている。攻撃できる体力はない。


 確実に仕留めてあいつらに加勢しないと。

 それに俺の防御力なら瀕死のこいつの攻撃なんてダメージが――


 マリは妙な刀を携えていた。……あれは……まさか!? 女神の武具……。

 鑑定スキルを発動する。


 マリ、レベル30、ジョブ女神の剣聖(オルランド)――


「はっ? ジョブが変わっただと……? そんな奴存在しねえぞ? オルランドってなんだよ!?!?!?!?」


 全身に寒気が走る。本能が危険を察知している。

 完全に回復していない身体はうまく動けない。



 なんだ、こいつの構えは? 隙がない。こいつ、剣の極地に至ったのか?

 無駄のない動作。

 怪我のせいだけじゃない、剣のせいだけじゃない、こいつの威圧で身体が動かねえ!? くそ、動け、動け、動けっ!!


「――お前は、私が決着をつける。……『奥義無月霧散』」


 瞬時に鎧の召喚に成功する、が――


「がはっ……」


 俺の兜は――、『ピキリ』という音が頭に響く。絶対硬度の兜が砕かれ、刀は滑るように鎧ごと俺の肩から胸を大きく切り裂いた――。



 な、んで、俺が、レベル30、如きに……



















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