剣の極地


 賊の数68人。


「スキル明鏡止水」


 私、マリは一つの事しか出来ない。

 それは剣を振るうことだ。

 かつて幼馴染たちと乗り越えたダンジョンボスとの死闘。あの時以上の集中力を発揮する。


「こいつは腐っても元ミスリルランカーだ!!」

「今はレベル28っ! 俺達と同じレベル帯だ! 囲え! 囲って刺し殺せ!!」

「遠距離系のジョブは一斉に射撃しろ!!!」


 人は死ぬ間際に煌めく、と兄から聞いたことがある。

 年の離れた兄は完璧な人間。

 だから、私は温泉宿のお荷物だった。いらない子だった。


 ――右手には刀、左手には小太刀、私の剣聖スタイル。頭が冴えわたる。レベル28という数字以上の力で敵を切り裂く。

 飛んでくる魔法と矢を小太刀を振り回し防御する。


 攻撃を食らっても敵を切りつける。

 ただ眼の前にいる敵を倒す事だけに集中する。


「……がはっ……ば、化け物め……」




 半グレの強さがブロンズランクからシルバーランクへと変わる。


 ――右足魔法による被弾、左肩ナイフによる裂傷、胸メイスでの打撲。


「マリッ!! 空を飛んでる敵がいるのじゃ! 右から嫌な魔力なのじゃ!」


 小さく頷く。守りに使っていた小太刀を右にいる魔術師目掛けて投げつける。魔術師の首が飛ぶ。

 魔法の小太刀は私の手元に戻る。


 地を蹴って空高く飛ぶ。


「スキル『龍閃』」


 竜騎士ジョブの賊よりも高く高く飛ぶ。


「はっ、ありえねえだろ!? 俺達竜騎士――、がはっ」

「意地でもこいつを殺せ!! じゃねえと、俺達が――ぐっ」


 敵50人。鎖骨骨折、右目負傷敵45人。腹部骨折、左足火傷、敵35人、胸部骨折、敵29人、右手裂傷――



 どれだけ時間が経ったか覚えていない。

 どれだけ傷ついたかわからない。体中にナイフが刺さっている。

 身体の感覚が鈍い。

 それなのに頭が冴えている。


 残りの賊どもが後ずさる。

 私はそいつ等に向けて剣を振るおうとした、その時――


「お前ら下がってろ。流石に殺されすぎだ。俺達がボスにどやされるぜ。このスコーピオンに後は任せろ。……元聖なる剣の剣聖マリ、だったな? タイマンだ、ぶちかますぞ」


 一人の男が現れた。クリスちゃんがマックで私に愚痴を言っていた男の容姿に酷似している。

 男が人差し指を私の足に向ける。その瞬間、私の足が爆ぜた――


「――――ッ」


 爆ぜた足に手を突っ込み、身体に侵食しようとする何かを取り除く。

 ――針だ。こんな小さなものがあの威力……。


「とっさに反応して致命傷を免れたか。……。っていうか、そんなボロボロの身体で俺に勝つつもりじゃねえか。すげえ気合だな。そんなにあのクソガキが大事なのか?」


 私の身体がどうなろうと構わない……。


「ああ、友達だからな」


 私が、なぜ、剣聖と呼ばれる、ジョブに付けたか、今、わかった。

 私はクリスちゃんを守るために、この時のために生まれたんだ。


「そっか、悪いな。こういう不運ってどこにでも転がってんだよ」


 男が人差し指を私の顔に向ける。


 深呼吸をする。

 目を閉じる。

 空気で、音で全てを感じる。


 違和感の場所を切る――


 無我の境地に達した剣は音速も超える


「……俺の針を切っただと? ……なんだ、お前もこっち側の人間か。なら少し本気出してやるさ。――俺はデスピサロ島の4戦士『毒蠍のスコーピオン』。光栄に思え。俺が名乗るのは久しぶりだぜ」


「あっ」



 ふと、疑問に思った。何故この男はスキルを連続して使える? もしかして、あの必殺技並の攻撃は通常攻撃なのか? まだ、スキルを使っていないのか?


 再び男の指が私に向けられた。


「スキル『百一匹の蠍』」


 とっさに剣を振るう。高速で飛んできた針を切り裂く。左肩が爆散した。


「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 連続で飛来する針の攻撃。

 両手で防御しても追いつかない。左目に掠り、視界が完全になくなる。それでも、空気の振動と心の目で針を捉える。

 じゃないと、じゃないと、私の後ろには二人がいるのだ!!!



 ……

 …………

 ……………





「へえ〜、この攻撃食らって死ななかったのって三回目じゃねえか。……なんだ、気を失って立ってるのか? いや、やっぱ死んでるか。魔力をもう感じねえな。さて」


 なんだか身体がふわふわしている。

 何故私はあそこで突っ立っているのだ? 早くあの男を止めなくては――

 思うように身体が動かない。


『わんわん!!』


 ――ポチ? 私が幼い頃に死んだペットの犬が私を呼んでいる。

 そっか、そっちに行ったら楽になるのか……。


 ん、私なりに頑張った。……もう休んでもいいよね? 

 走馬灯のように今までの思い出が頭に埋め尽くされる。


「ごめん、ポチ。私まだそっちに行けないよ。またね」

「わんわんわんっ!!」


 ははっ、頑張れっていってるのかな? なら私、最後まで頑張る。


 ……

 …………



「……お前、どうやったら殺せるんだ? 何故俺の右手を掴んでいる」


「わ、たし、は、二人を、まも……る……」


「俺がもう1段階強くなるって聞いても引かねえのか?」


「わた、しが……お前を、倒す……」


「……いま楽にしてやるよ。じゃあな。――なんだ? 結界が!?」



 もう耳がうまく聞こえない。幻聴が聞こえてきた。

 ガラスみたいな何かがヒラヒラと崩れ落ちる。結界が崩れたのか? なんでだ?


『――クリス! プリム! マリ?? なんで!?』


『マリが守ってくれたのじゃ……ひぐ、マリが……』


『セイヤ、さん』


『マリッ!!!! お前――』


 ユウヤの声が聞こえてきた。

『あの時』みたいに怒っている……。私のために、怒ってる……。嬉しかったんだよな……。


 もうユウヤがこの世にいないってわかってる。

 でも最後に幻聴でも幻覚でもあえて嬉しかった……。


 背中に温かい感触が伝わる。誰かが私を支えてくれた。


「ユウヤ……、私、と友達に、幼馴染に、なってくれて、あり、がとう……。わたし、が勇気を……して、一緒に、レベル……を、ごめんね……ユウヤ……」


 幻聴でも幻覚でもいい。私のありったけの勇気を振り絞った最後の言葉。ユウヤに伝えたかったな……。


 バイバイ、ユウヤ……。



『――てめえら全員ぶち殺す』







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