剣聖マリと聖騎士エストサイド


「あんた困るよ。そんなに酔っ払っちまったら歩けねえだろ」


「うるさい……、ひっく、わたしは、ひっく、剣聖のマリ、だ……」


「あちゃ〜、いつもならユウヤが迎えに来てくれんのによ。あいつ最近来ねえじゃねえか。どうしたんだ?」


「……私が、私が全部悪いんだ……ユウヤ、許してくれ……、ひっく、ユウヤ……」


「ここで寝るんじゃねえよ!? おい、お前ら酒奢るからこいつを叩き出してくれ!」



……

……………


夜空を見上げる。

酒場を叩き出された私はゴミ捨て場に捨てられた。

そもそも酒に弱いのに酒に溺れてしまった。いつからだろうか? 酒が手放せなくなったのは?


私はあのパーティーの中で一番弱かった。

自分ではわかっていた。レベルが低くなっていくユウヤよりも有能性が無かった事を。

急激に上がっていくレベル、バカだからスキルの使い方がわからない。バカだから言われた事しか出来ない。バカだからハヤトの言う事を聞いてしまった。

正直、パーティーの中で壁を感じていた。


だから客観的にパーティーを、自分を見ることができた。

私達はレベルに見合った技量では無かった……。


ユウヤ以外は私の事を馬鹿にしていた。

ユウヤだけは違ったんだ。


『マリ、お前はバカだけど真面目で正直だからそのままでいいんだぞ。あんまり酒飲みすぎるんじゃねぞ』


酒を飲んだ次の日は二日酔いでまともに動けなくなる。自己嫌悪に陥る。それでも私は酒を手放すことが出来なかった。


ユウヤとエスト。

二人の距離感が羨ましかった。


闘技場に挑戦してから違和感を覚えていた。

何故こんなに早くレベルが上がるのか? 何故ユウヤのレベルが下がるのか?

レベルが下がりきった時、ユウヤは……死んでしまうんじゃないかって思って恐怖を感じていた。


今シーズンが区切りだと思った。

戦いの場から退いてゆっくり呪いの治療法を探せばいいと思った。

私も一緒に旅に出て探せばいい。

ハヤトがそれを許さなかった。


「……うまく伝えられないんだよ。私、バカだから」


そう、私は大馬鹿だ。

ユウヤを傷つけて、あげく殺してしまった。


ユウヤが飛び出ていって、私も追いかけた。一晩中探してもユウヤは見つからなかった。私が馬鹿だからだ。

結局はエストがユウヤの事を一番知っていたんだ……。

2人の思い出の場所、ケロベロス公園。

なんで、ちゃんとユウヤと話してくれなかったんだ……、エストのバカ……。


ハウスの私の部屋にはたくさんの魔道具があった。全部ユウヤのために集めたモノだ。……結局試すことなくそれらは部屋で死蔵していた。



幼馴染と言っても、私だけ違った。

帝国外れにあるハコネ村。そこの温泉宿の娘として育った私。


物心つく時から人の気持ちがわからなかった。

自分の行動のおかしさに気付けなかった。

細かい事が気になり、何かに執着してしまう。

人よりも学習能力が低かった。

医者からは何かの精神的な病気だと診断された。村の噂話は一瞬で広まる。誰も私と遊んでくれなかった。


川辺で一人で剣を振るうのが好きだった。無心になれる。嫌な言葉を一時的にだけでも忘れられる。

1日中でも剣は振るっていられた。血豆が出来ても、腕がしびれて感覚が無くなっても止めなかった。


そうしないと辛かったんだ。



それに内気な性格が災いして友達が出来なかった。

初めてユウヤと出会った時――


『ん? お前一人なのか? てか強そだな! 俺と一緒にチャンバラしようぜ!』


『わ、わ、私と遊ぶと……、その、みんなからいじめられるぞ……』


『はっ? そんなの知らねえよ。だって、お前の剣術すげえじゃん! 教えてくれよ!』


楽しかった。本当に楽しかった。楽しかったんだ……。ユウヤは



「レベル……28か……。シルバーランクにも勝てない」


ブロンズの推奨レベルは20台、シルバーは30台、ゴールドは40台、そこに明確な差がある。

今から頑張ってレベルを上げたとしても、シーズン開始までに30になれるかどうかだ。

そもそもレベル60だった私は違和感があった。

自分ではそんなに強くないと思っていた。

闘技者に向いていないと思っていた。


私の将来の夢は……家庭的なお嫁さんになること。

ハヤトやエストのように向上心が無かったのかもな。


「……潮時か」


懐から取り出す離脱届け。

エストとハヤトから突きつけられたモノ。


『虚偽の申告をする奴は信用できん。ギルドから他のメンバーを斡旋してもらった』


『あんたなんなのよ、マジで。はぁ、ムカつくわ。偉そうなくせに最弱じゃん。ていうか昔から頭腐ってたんもんね。あんたも野垂れ死ねばいいのよ、このアル中!』


胸が痛い。追放って辛いんだな、ユウヤ。

ユウヤ、こんな気持ちにさせてごめんよ。すぐに帰ってくると思っててごめんよ。人の気持ちが全然わからなくてごめんよ。ハヤトの言いなりになって……ごめんよ……。


ポツリポツリと雨が振ってきた。雨は強くなり激しさを増す。

私は動く事が出来なかった……。もういいんだ、私はどうせ……。


ユウヤ、もうすぐ会いに行くから待ってて。

小太刀と薬を取り出した。


防御力低下の薬。それを飲み干し……、あとは、自分の喉に小太刀を――。


ふと、雨の勢いが止まった。

見上げると小さな女の子が立っていた。


「こんな所で寝てたら風邪を引くのじゃ。なんじゃ、酔っぱらいか? うむむ、何してるのじゃ!! 自殺は駄目なのじゃ!! ほら立つのじゃ。うんしょ、うんしょ……よし、とりあえずどっかで身体を拭くのじゃ、ご飯を食べれば元気になれるのじゃ!!」


知らない女の子が私の身体を拭いてくれる。

なんで? なんでこんな私に優しくしてくれるのだ?


わたしは……、よくわからない……よ。


女の子が私の背中をポンポンしてくれた。

そのぬくもりで涙が止まらなくなった……。





***





「何故だ? 何故そんな事も出来ない! 魔法剣士なら出来て当たり前だろ!」


「はっ? あんたバカ? はぁ〜〜、猫かぶってたけど、ぶっちゃけこのパーティーでやってくのは無理でしょ。賢者のくせに頭わるいの? てか幼馴染のマリさんまで追い出してどうすんのよ! あの人の剣術がすごいってわかんないの? レベルが低くても技術的にはマスタークラスだよ」


「うるさい……、殺されたいのか」


「いやいや、ハヤトさ、ぶっちゃけそんなに強くないよ? レベルは私の方が低いけど、タイマンなら瞬殺できるよ――ほら隙だらけ」


サクラがハヤトの喉元に剣を突きつける。大した速度ではないが、賢者であるハヤトでは反応できなくて当たり前だ。


頭が痛い。私、エストは二人の仲裁のせずに装備品の手入れをしている。

正直どうでもいい言い争いだ。

私達には時間がない。


ギルド初めての模擬戦が迫っているのだ。ここで結果を出さないとこの後に支障が出る。


「新しいパーティーメンバーが来るんでしょ? 喧嘩してる場合じゃないでしょ! ていうか、サクラ、そいつ本当に強いんでしょうね? あんたと同じレベルだったら幻滅よ」


「はぁ……見えてるレベルに囚われ過ぎてんのよね……」


「なに? 何か言った?」


「ううん、彼はちゃんと強いよ。私達よりもずっとね。あ、キタキタ! 遅いよ、ディアボロ君!」


ハウスの入口には真っ黒の服を着た無愛想な男が立っていた。

名乗りもせず椅子に座る。


「…………」


サクラが代わりに説明してくれるようだ。


「えへへ、ディアボロ君は無口でシャイなんだよね。ジョブは……『冥界騎士』、じゃあ模擬戦に行こ!」


……

…………

………………




「貴様らふざけているのか!!! 何故俺が『女神の剣』をスカウトしたかわかってんのか!! 強いからだ、強さこそ全てなのだ!!」


七大ギルド『漆黒の勇者』ギルドマスターであるブラック。

ギルドパーティー全員がいる前でハヤトと私を殴りつける。


模擬戦の結果は散々であった。

格下であるゴールドランクにボロボロに負けてしまった。


「この、この、この、この!!! ……サクラとディアブロの顔に免じてここまでにしとやる。だがな……、次の模擬戦までに前と同じ強さを見せないと……殺すぞ」


ブラックが私の頭を床に叩きつけた。ジョブ黒騎士のブラックの強さは遥か格上。

抵抗なんて出来ない。


屈辱で腸が煮えくり返りそうになる。何故私がこんな目に? なぜハヤトはあんなにも弱いんの。なぜ……サクラは実践であれだけ動けるの? なぜ……ディアブロはあんなにも強いの?


なぜ私は弱くなったんだ……?


怒りの矛先がすでにこの世にいないユウヤへと向けられる。あいつが弱くなったからいけないんだ。あいつのレベルが下がるからいけないんだ。


サクラが私に近寄って手を差し伸べる。


それを取ろうとしたら、足蹴りされた。


「えへへ、強さが全てなんだもんね。はぁ〜〜、エストって聖騎士のジョブの割には弱すぎるね、あははっ、DJクラブで遊んでばっかだからいけないんだよ」


足蹴りが止まらない。ハヤトはディアブロに殴られている。


「……鍛えなおす」

「や、やめろ!! 俺は、弱くなんて、ぐっ……、な、殴らないで、くれ……、いやだ、痛いのは……。がはっ……」



ギルド員は誰も止めようとしなかった。むしろ私達を笑って見下している。

これが憧れていた七大勇者ギルド……。


私は……、何を間違えたんだろうか……?


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