美貌の騎士とベルセルク
プリム。
――薔薇の香りと冷気に包まれるボス部屋。キレイな女の人、アクエリアスさんとセイヤさんが激しい攻防を繰り広げる。
私とクリスは薔薇のツタに阻まれて動けない。レベル20では到底崩せない硬さ。
私、プリムはいつも祈っていた。
祈りを捧げればいつか救われると思っていた。
――薔薇のトゲが私の装備を貫通して腹に食い込む。血が流れる。
帝国の地方都市、ハチオウジの貴族の末っ子。
不義の子として、生まれた時からいらない子であった。
十分な食事も与えられず、教育も受けられない。
まるで奴隷のような扱いを受ける。
そんな私がハチオウジの街頭水晶テレビで初めて見た闘技場の戦い。
新進気鋭の『聖なる剣』の死合。
目を奪われた。
あんな世界があるなんて初めて知った。
それ以来、私は屋敷を抜け出して街頭水晶テレビにかじりつくようになった。
テレビは私に知識を与えてくれた。もちろん、勝手に屋敷を抜け出してるから後でひどい目に合うけど、そんなのどうでも良かった。
だって、世界が広がったんだから。
――右足が凍りついた。両手も凍りついて動かない。周囲の薔薇が爆発を繰り返す。このまま死んじゃうかと思える痛み。
『べ、別にお前と婚約してあげてもいいんだぜ? ま、まあ汚いお前にはもっと綺麗になってもらわないとな!』
屋敷を抜け出して街頭テレビの前で出会った少年。
何故か私は彼と一緒に攫われてしまって、そこから繰り広げた大冒険。
彼の正体は帝都シンジュク区の大貴族の息子。
私宛に届く婚約の手紙。
屋敷の中は大騒動。もしかしたら幸せな未来が待っていると思っていた。
淡い気持ちが心の奥底で芽生えた。
この人となら――
『……婚約破棄だ。お前、獣人とハーフだったんだな。純血じゃないと無理なんだよ。わりいな、期待させちまってよ、愛人なら大丈夫だぜ? へへ、新しい婚約者が出来たんだ――』
新しい婚約者は私の姉。
『汚らわしいあんたには地の底で這いずり回るのがお似合いよ、おほほ。輝かしい未来あるの前から消えなさい』
人生なんてそんなもの。私は12歳でそれを悟った。
そして私は姉により家からは追い出された。
寒さに凍える中、いつか姉をぶっ飛ばすと心に誓った……。
ホームレスとして生き抜いて、クリスと出会って友達が出来て――
セイヤさんに出会い――
だから、
だから、
「こんな苦しみなんて痛くないです。だって、私は自由になれたんだから!!」
プリム・シュトロイゼル・ミゼラブル。
その名前は捨てた。
私はただのプリム。
――想いの強さがあれば――
涙が溢れて止まらない。
血と血で身体を洗い流す真剣勝負。死の恐怖なんて怖くない。
凍りつく私の身体。走馬灯のように脳裏に嫌な思い出が過ぎ去っていく。
全身の血がすごい速度で駆け巡る。血液が沸騰しそうなほどの熱さ。
――ぽかぽかだ!
身体の奥底から湧き上がる熱を抑えきれなかった――
頭の中で変な声が聞こえた。
『重騎士ベルセルクモードに切り替わります』
****
アクエリアス。
セイヤの攻撃をいなしながら氷の嵐で残り二人を牽制する。
確かに力は強い。セイヤの強さはレベル60付近だと思っていいだろう。良い装備があれば表の闘技場のミスリルランクなどトップで独走出来る。
薔薇の瘴気に当てられても状態異常を耐性している。
氷の吹雪を受けても動きが鈍らない。
無尽蔵に繰り出される必殺技並の攻撃。
やはり理を逸脱した人間か……。
重騎士の女の子が氷の槍に貫かれて戦闘不能だ。
もう一人の女の子も薔薇の瘴気に苦しんでいる。
この薔薇氷固有結界で動けただけ十分才能がある人材だ。
「そろそろ終わりにするわ」
氷と薔薇による致死の一撃。これを防げる戦士はいない。
ゴールドはこの世界で特別なのよ。
十分頑張ったわ。
ここで楽にしてあげるわ。これ以上は絶望が待っているだけだ。
冷気が張り詰めて空気をも凍らせる。
ローズダイアモンドダスト――
究極の状態異常魔法。
その時何かがきらめいた。私の身体の一部をえぐり取り、痛みが遅れてやってくる。
「――な、に?」
重騎士の女の子が目の前にいた。燃え盛るような熱さを感じる。
瀕死で動けないはずだったのに?
瞬時に理解する。こいつの攻撃は私の防御力を貫通する。
とっさに鑑定スキルを発動すると「ジョブ、重騎士(ベルセルク)レベル20」という文字が見えた。ベルセルク? はっ? なにそのジョブ?
ブロードソードが閃光のように輝く。あれはただの一撃じゃない。当たったら死ぬ。
躱せ、躱せ、躱せ、躱せ――
紙一重で重騎士の一撃を躱せ……、ていない?
髪の束がひらりと地面へと舞い落ちる。
私はそれを見て――
「殺す……」
本気を出すことにした。
***
セイヤ。
プリムが突っ込んだと思ったらアクエリアスは突然距離を置いた。
剣をしまい、薔薇氷魔法を解く。
プリムが苦しそうに倒れていた。拘束を逃れたクリスがプリムに回復魔法をかける。
アクエリアスは落ち着いた……それでいて威圧感がある声で俺達に言った。
「……何故、ゴールドが特別だとわかるか? 他の鉱物ももちろん素晴らしい。ミスリルの魔法伝導率、オリハルコンの硬さ、安価で幅広く使用できるブロンズ。シルバーは……知らん。ゴールドは……美しい……そう、それは私のように」
アクエリアスがぼそりと呪文のような言葉を唱える。
その瞬間――
えっ? ちょ、まってよ!?
アクエリアスがスッポンポンになっていた。マッパだ、裸だ。俺は童貞だ。女人の裸なんて見たことない!!
「ふふふっ、驚いているわね? ここからばゴールドの本気よ。――ゴールド変換」
アクエリアスが光り輝く。何故か大事な部分だけは光でよく見えない、くそっ。
そして、ポーズを決めながら各部位に金ピカの防具が装備されていく。
着地したアクエリアスはゴールドを身にまとった重装備であった。
そして、何もない空間から7本の黄金の剣を召喚する。
膨大な魔力によってアクエリアスの身体が歪んで見える。あれはやばい、今まで見た闘技者の中で一番やばい。
「……は、ははっ、世界の常識って結構簡単に崩れるんだな」
「ルールブレイカーの貴様がそれを言うな。さあ、行くわよ。――絶対零度のエクスキューション――」
急激にボス部屋の温度が下がる。まつ毛まで凍りつく温度だ。さっきまでの比じゃない。
このままだとこの寒さだけで全滅だ。どうする? ……決まってる。やってやるよ。
俺が剣を握りしめると、誰かの声が聞こえてきた。
「おいおい、アクエリアスちゃんよ〜。ちょっとマジになりすぎじゃねえのか?」
いつの間にか存在していた男。
俺はその男を知っている。
七大ギルドの序列1位『楽園』ギルド、『勇者ハーデス』パーティーのリーダー。
ハーデス・ノアールだ。
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