聖騎士エストサイド


 聖騎士という最上級のジョブを授けられた私、エスト。

 同じく最上級のジョブを持つ幼馴染の仲間たち。


 高位冒険者の友人、上位闘技者グループの飲み会、有名インフルエンサーたちとクラブで踊って過ごす毎日。全てがバラ色だった。失敗した事なんてなかった。

 唯一、ユウヤだけが私達のお荷物なだけだった。


 なんかイライラする。

 七大勇者ギルドに加入する事が出来たのにうまく行かない。


「ちょっとハヤト、なんであそこで攻め込んだのよ? あそこは守備に徹して私の攻めを待つ所でしょ、バカ!」


「なんだと? そもそも貴様の指示がクソなんだ。それになんだその装備は? 相手パーティーは氷属性だぞ? なぜ弱点である炎属性の装備をしているんだ。バカはお前だ」


「おい、二人共やめろ! ……サクラが怯えているわ」


「は、はぃ、だ、大丈夫ですぅ(責任のなすりつけ合い、マジでガキなの⁉)」


 私達の新しいメンバーサクラ。ジョブはユウヤと同じ魔法剣士。レベルは50。ミスリルランクとしては十分なレベル。なのに……、何か物足りない。


「サクラもダメダメよ。なんであそこで攻撃魔法かけないの? ていうか、後ろに引っ込んでないでもっと攻めてよ。剣使えるんでしょ? ユウヤなら――」


「やっ、ま、魔法剣士は補助メインのジョブで、その、攻撃力は低いですぅ……(うわぁ、パワハラクズ思考だ……)」


 ユウヤは違った。全体を見通して、戦術を練り適切な指示を飛ばしてくれた。必要な時に必要な行動を適切に行う、コマンダーとしての役割を果たしていた。

 それに、相手パーティーの特性をあらかじめ調べて戦術を構築する。

 一撃必殺の技も持っていた……。




 ……くそ、歯がゆいわね。


 レベルが私達と同じ時のユウヤは圧倒的に強かった。剣はマリを凌駕し、魔法はハヤトよりもうまく使いこなし、私が落ちた時は回避タンクとして活躍してくれた。


「魔法剣士は何でも出来るのが売りでしょ? あんた言い訳してんじゃないわよ。……これじゃあギルド対抗模擬戦で笑われるでしょ」


 確かにユウヤはすごかったがそれも過去の話だ。レベルが落ちたユウヤは……、ん?     

 レベル30でも弱いなりにミスリルランクで戦えていた? ……もしかしたら、それは異常な事じゃないの?


 私は頭を振ってユウヤの事を忘れるように務める。

 それでも初恋の子どもの頃の思い出がこびりついて離れない。


 それは捨てたんだ。私は闘技者としての栄光を選択したんだ。


 ハヤトがハウスのリビングの机を叩く。


「ユウヤの話はやめてくれ。あいつは弱くなったから追い出したんだろう。お前のコマンダーとしての適正が低いんだ。俺がコマンダーになる」


「はっ? ハヤト喧嘩売ってんの?」


 気まずい沈黙がハウスに広がる。

 良くない雰囲気だっていうのはわかっている。連携さえもままならない。

 マリがため息を吐いていた。


「ハヤト、あなただと力押しになる。やはりコマンダーはエストが適任だ。……こんな時にユウヤがいてくれたら、意見だけでも……」


「マリ、あんた未練あるの? 好きだったんでしょ?」


「わ、わ私はそんな事ない!! べ、別にユウヤはただの幼馴染で――」


「はいはい……バレバレよ。酔っ払った時にユウヤに絶対絡むし……。はぁ、今日は解散よ。 ていうか、洗濯溜まってんだけど? ハウスも汚いし……」


 マリが玄関先を見つめながらポツリとつぶやく。


「……なぜユウヤは帰ってこない。あいつの荷物と装備はそのままだ。……パーティーは抜けたもらったけど、雑用として働くんじゃなかったの? エストがユウヤに伝えてくれたんだろ?」


 ユウヤが抜けた時、三人で話し合って雑用としてハウスで雇用するという話に固まった。ハヤトも渋々了承してくれて私がそれを伝えるはずだった。


「……え、えっと、多分、すぐに戻ってくるわよ!」


 二人の視線が冷たい。……あの時自分が何を言ったか覚えていない。

 どうせすぐに戻って来ると思っていた。

 だから、どうでもいいと思った。

 弱くなったユウヤを見てイライラしていた。


 お茶を飲んでいたハヤトが少し真面目な顔で私達に言う。


「まあいい、それよりも少し問題が起きた。何故かわからないが俺のレベルが減少していた。……今の俺はレベル52だ。これ以上下がることは無さそうだが、非常にまずい」


「え、ハヤトも? わ、私もレベルが下がった……40だ……」


「……え? それって下がりすぎじゃない? 私のレベルは55よ」



 この世界はレベルが全ての強さを決める。レベル50から一つ上げるのにも莫大な経験値が必要。

 私達はレベル60付近だった。50と60では雲泥の差だ。ましてや30付近などゴールドランクに負けてしまう。


「ユウヤのスキルは一時的に強さを上げるものだから関係ないはずだが……、確かに俺達のレベルアップは他の英雄よりも随分と早かったな」


「ええ、わたしたちは最年少でレベル60になったわ」


 ユウヤのレベルが上がらなくなってから私達のレベルの上がり方が異様に早くなったんだ。……もしかして何か関係あったの?


 私達が重苦しい空気の中、深い思考の渦に飲まれていると、サクラが声を上げた。


「あっ、今朝のニュースですよ! 英雄情報が出てます! えっと、来シーズンの注目英雄は……七大ギルドのレオンさんで、えっと、次は死亡英雄定期連絡……えっ? ユウヤさん?」


 私達の視線が一斉に水晶テレビに向けられる。


 そこには帝国英雄の死亡発表が映し出されていた。


『――元女神の剣、ユウヤ・キグナスさん、帝都近郊の山で死亡発信確認――』


「ちっ、死んだか……、ふん、あんな山の魔物ごときに」


 ハヤトは舌打ちをするだけであった。


「ユウヤが死んだ? う、嘘だ、あいつが死ぬわけない! ま、まだ荷物があるのに……、え、なんで、ユウヤ」


 マリの顔面は蒼白になり、混乱極めている。


 

 現実感が無い。視界がぼやけて滲んでいる。ユウヤとの数々の思い出が走馬灯のようによぎる。


 最後に合ったケロベロス公園……、わ、私が、あの時、止めていれば――

 よろよろとテレビに近づく。死亡情報はとうに終わり。


 ニュースキャスターが来シーズンの闘技場の予定を読み上げる。


 違う、私達はユウヤを要らない選択肢を取ったんだ。

 ユウヤはシーズンが終わってからどのくらいレベルが下がったの? なんで言ってくれなかったの? 



「違う、わ、私達のせいじゃない……。私達は悪くない。弱くなったユウヤがいけないのよ……」



 ふと、殺気を感じて振り向いた。怒りに満ち溢れたマリが私に向かって剣聖のスキルを放とうとしていた。



「エ、エスト!!! 何を言っているのだ? 私達があいつを追い出したんだ。ずっっと昔から一緒だった幼馴染のユウヤを……。私達が悪いんだ……」


「ふん、お荷物の事などどうでもいい。エストの言い分が正しい」


「ハヤト? なんでそんなに冷たいんだ? ユウヤは……、ユウヤは……」


 マリはよろよろよ裏のキッチンへと向かった。冷蔵庫から酒を取り出して飲み始めた。


 ……そうよ、私達は悪くない。悪いのは弱くて死んでしまったユウヤ。

 だから――


「……亡くなったユウヤのためにも私達が闘技場のトップを取ればいいのよ。……絶対に……絶対に……」


 私にはもうこれしか無い。何がきっかけで、なんのために闘技場のトップを目指してるかなんて忘れてしまった。


『一緒に闘技場頑張ろうな! 俺とエストなら絶対行けるぜ! え、えっと、その時は……け、結婚、式あげような』


 くだらない戯言。約束も守れない男。

 私は胸の奥に抑えていた淡い恋心が殻を突き破った。


 それは辛い痛みを伴い、私の身体を蝕む……。


 あっ、そっか、私、本当にユウヤの事が好きだったんだ。知らなかった、気が付かなかった……。


「もう……、この世に、いな、い……」


 抜けない棘が私の心に食い込んだ――








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