第21話
「あたくしの一族は、
釼一郎はじっと聞き入っている。
「どうしたわけか、竹次郎は銭への執着が幼きころから強うございました。我が一族には切支丹の教え、富める者はパライゾへ行けぬという教えがあり、貧しくとも誇りを持って暮らしておりました。竹次郎には、その暮らしが耐えられなかったのかもしれません。代々密かに伝えてきたまりあ観音像がありましたが、ある時、竹次郎が
腕組みをした左内が唸った。
「お調べになった通り、一族は捕らえられて拷問を受けました。そのうちに庄屋の悪事が露見し、庄屋が悪いということになり一族は
釼一郎は首を傾げて、善兵衛に問うた。
「切支丹と疑われたことは、さまたげにはならなかったのですかね?」
「ええ、先代は色々と尽力してくれまして、松太郎としての昔の話はごく一部の者しか知りません。あたくしもあらためて
「それは無理もないことかもしれませんね」
釼一郎がため息を吐きながら相槌を打った。
「通詞の仕事はあたくしに合っていたのか、一所懸命に働きました。
「国の大事を隠しておったのか」
左内は眉間に皺を寄せ、嫌悪感をあらわにした。
「その嘘はどうやって気づいたのですか?」
釼一郎が善兵衛に訊ねる。
「切支丹の
釼一郎は感心したように相槌を打つ。
「なるほど切支丹の善兵衛さんだから、そこに気がついたんでしょうね」
善兵衛はうなずいた。
「あたくしは阿蘭陀人と、あめりか人船長に取引きを持ちかけました。内緒にしてやるかわりに、阿蘭陀商館の商売に関われるようにかけあったのです」
「金を無心したのではないのか?」
左内が
「金品をねだってしまえば、ことが露見した時に罪を問われます。それに、目先の少々の金より、後々に大金を稼ぐ方が良いと考えたのです。これは、阿蘭陀人と関わるうちにわかってきたことです。なにより阿蘭陀人の金の稼ぎ方を学びたかった」
「金の稼ぎ方?」
釼一郎が問いかける。
「執着心とでも言いましょうか。あたくしは幼き頃から、金を稼ぐことがどこか悪いことだと思ってました。それは切支丹の教えでもあります。ところが、阿蘭陀人は同じ天主を信じながら、金に対する考えが違う。ただの欲深いとも違うのです。ですから、あたくしはその考えを知りたかったのです」
「なんですか? その違いとは?」
興味を示した釼一郎は、身を乗り出す。
「阿蘭陀の
「ふうむ、拙者には屁理屈にも感じるな。運命が決まっているなら、怠けてしまおうと考える者もいそうだな」
左内は顎に手を置いて、疑問を述べた。
「あたくしも、初めはそう思いました。ですがデウス様を信じ、耶蘇を信じることで救われるとも言うのです」
「うーむ。それは
左内は首を捻る。
「それは、あたくしにはわかりません」
「左内さん、仏の教えはまた今度で」
釼一郎が間に入って、善兵衛に続きを促す。
「爪に火を灯すように貧しくとも正直に暮らしていた我らの一族が苦しむのはなぜなのか、とずっと考えていました。ですから、あたくしにはこの阿蘭陀商人の考えがしっくりきました。金儲けは悪いことではなく、デウス様を信じること。道は違えど、信じることは同じ、そう解釈したのです」
「だから熱心に商売をし、金儲けをしたんですね」
釼一郎の言葉に、善兵衛はうなずく。
「金儲けはあたくしの
「虎吉一家とずいぶんと
左内が皮肉を言うと、善兵衛は悪びれずに言った。
「人が悪く言うのは知っておりますが、あたくしも、虎吉親分も
納得できない、というように左内は首を振った。釼一郎は善兵衛に問いかける。
「じゃあ、竹次郎さんがやって来た時、なぜ虎吉親分の手を借りなかったんです? 虎吉に頼めば、儂らが調べることもなかったかもしれない」
「もちろん考えましたが、切支丹であることは虎吉親分にも知られたくなかった。そこで、あたくし一人で竹次郎に会いました。竹次郎を許したわけではありませんでしたが、それは血を分けた兄弟。会いたいと思う気持ち、懐かしむ思いもあったのです。……ですが、竹次郎は身を
「だから、竹次郎を手にかけたのだな?」
左内の言葉に、善兵衛は二度小さく首を縦に振った。
「両国橋の袂で、あたくしは竹次郎の首へ紐をかけました。……ですが、あたくしは、ためらって手を緩めました」
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