第2話
「――やめてえええええええっ!!!」
そこになんと、
漁岡は勢いのまま走って火瀬のほうに来て……、腹部へドゴォッ!
「ぐふっ!!?」
ドサドサッと双剣が地面に落ち、火瀬はよろよろ後退しつつ腹部を手で押さえる。 漁岡は火瀬に対して、いわゆる「腹パン」をかましたのだ。
熊井の数々の攻撃を防ぎきった、あの火瀬に対して、である。
「……はぁ、はぁ。だ……、大丈夫、熊井くん?」
「い、いさ……、おか……?」
「まったく。火瀬さん、やりすぎだよ! 熊井くんになにをしようとしてたの!?」
腹部を押さえて漁岡を睨みながら、火瀬は言う。
「て、テメー……、い、漁岡かよ……。どういうつもり、だ……」
「こっちが聞いてるんだよ? 火瀬さん」
「お、男のクセに、アタシを殴るなんてな……。て、テメー、顔に似合わねぇことすんなよ……」
「なにふざけたこと言ってるのさ。『女を殴っちゃいけない』とかいうのは、常人の間での話でしょ? 『天使の力』なんて持っておいて、通るわけないじゃない」
ある意味で正しい男女平等的な考えを述べる漁岡であった。
「そんなことより火瀬さん、熊井くんになにしてたの? 答えてよ」
「……熊井が『殺せ』っつったから、そうしてやろうと思っただけだよ」
「え……、く、熊井くん! なに言ってるの!?」
漁岡の目線は熊井に向けられる。
「いやオレは……、もう火瀬のヤツに勝てないから、どうなってもいいって……」
「どうなってもいいわけないでしょ! 熊井くんのバカ!!」
そう言った漁岡はドゴォ! 熊井の顔を殴りつけた!
「ふぎゃっ!?」
一メートルほど吹っ飛ぶ熊井の身体。
火瀬はそれを見て、ドン引きした。
「え、ええー……」
言葉と行動が噛み合っていない。漁岡は熊井のことを大事に想っているのだろうが、それによって当人の顔を殴るのはどう考えてもおかしい。
……だが、それだけではなかった。
漁岡はさらにその後、火瀬のほうにズカズカ歩いてくる。
「……な、なんだよ。漁岡」
「――男女平等パンチ!!」
ドゴォ!
「はぐぁっ!!?」
再び、火瀬の腹部に拳。
「な……、なんで……」
「熊井くんがこうなったのも、火瀬さんに原因があるでしょ? だから、熊井くんが受けた分をキミにも受けてもらうんだよ」
「は………………、はぁっ!!?」
平然とした顔でそう言ってのける漁岡。彼の顔を見て火瀬は取り乱した。
「そ、そいつを殴ったらアタシを殴る、ってのか!?」
「うん、そう言ったよ。だってキミも悪いでしょ」
「テメー、頭おかしいんじゃねえのか!?」
「うるさいなぁ。いじめなんかする人に言われたくないよ」
火瀬は、淡々とこちらの非のみを突いてくる漁岡から恐怖を覚えた。
(クソ、コイツに話が通じる気がしねぇ……! こうなったら)
地面に落ちた「聖双剣リンディ」を素早く拾い、漁岡に斬りかか……
ドゴォ!!
「ーーーッッッ!!?」
斬りかかろうとした時、またもや腹部へ漁岡の拳が打ち込まれた。
「火瀬さん……。キミがその気なら、ボクは戦わないといけない」
「……がぁ、っ……」
「でもね、キミの『天使の力』。ボクの『鬼神の力』に勝てると思う?」
鬼神、つまりは「神」。対して天使とは「天の使い」。この「天」とはなにを指すのか? そう、「神」である。
ゆえに「天使」と「神」は上下関係にあり、「天使は神に勝てない」。
三度の腹パンを受けた火瀬だったが、漁岡のこの発言はそれ以上に衝撃的であった。今から理不尽な私刑を下そうとする相手に、自分は勝つことができない。逃げようにも、おそらく追ってくるだろう。「鬼神」と言うからにはそれくらいやりかねない。
一応、神に対しての防御手段が全くないわけではない。それは先ほど熊井に使った「球体の防御」。あれは一時的にあらゆる攻撃から身を守ることができる優れた技なのだが……、実は一日に一度しか使用できないという制約がある。
つまり、先ほどの熊井の攻撃は「一日一度しか使えない技でしか防げない」と判断されたということなのだ。
なので唯一の対抗策は使用不可能。それにより火瀬は、先ほどの熊井と同様に絶望するのであった。
……だが、火瀬には一つだけ。たった一つだけ、それ以外に漁岡に対抗する手段があった。
漁岡に気づかれないよう、火瀬は携帯電話を起動。そしてなにかの操作を行う。
(クソ……、もう、どうにでもなれ……!!)
「……はぁ、それにしても熊井くん。ボクに言ってくれれば、詐欺みたいな『悪魔』よりよっぽどいいところを紹介したのになー。お金がもったいないよ」
漁岡は、火瀬のことなどどうでもいいかのように呟く。
火瀬はその発言を聞いて(熊井のヤツもこんなのが身近にいて大変だな)と思っていた。しかし、それを口にするとまた殴られると思って黙るのであった。
(「連絡」はした。……後は時間が経てば)
……。
一分間、漁岡は誰かを殴るようなことはしなかった。
「熊井くん、悪魔の力って『クーリングオフ』できると思う?」
「……いや分からんけど」
クーリングオフとは、簡潔に表すと「契約の返品」のようなものである。つまり、悪魔の力を無くす代わりに500万円を返してもらえないだろうか、という提案。
その何気ない話のおかげで、火瀬は殴られずに済んでいた。
そしてそれにより、想定よりもあっさりと時間稼ぎが成立した。
「……あれ? もう空が暗くなってきた?」
空を見ながらそう言ったのは漁岡。確かにそのようで、赤みがかった空は薄暗くなっていた。だが……、夜の気配ではない。
さらにゴロゴロ、ゴロゴロと雷鳴の音が聞こえてきた。
「――そこにいたのね、
すると、厳しさを感じる女性の声が上空から聞こえてきた。「美湖」とは火瀬の下の名前である。
漁岡・熊井・火瀬の三人が空を見上げると……、人の影が見えた。それはどんどん勢いを増しながら落下してくる様子。
――スタッ。
落下の勢いとは予想外に、スマートな着地音。それとともに、パンツスタイルの青いドレスを着飾った女性が現れた。
それを見た火瀬は怯えた口調で言う。
「あ、あぁ……、『アネキ』……」
「あ、アネキ!?」「火瀬さんのお姉さん?」
女性の素性を聞き、熊井と漁岡は異なる反応を示す。
そして「アネキ」と言われた彼女は、その二人を完全に無視して火瀬に近づいた。
「こんなところで時間を無駄にするだなんて、火瀬家の血がもったいないわ。さあ、帰りましょう」
「あ、アネキ……。それ、なんだけどさ」
「なあに?」
「そこ、そこにいる男が、アタシの邪魔をしてきてさ……」
「え?」
「アネキ」は振り向き、漁岡と熊井の二人を始めて視界に入れる。
「あら、気づかなかったわ。初めまして、わたくしは『
「はい、こちらこそ初めまして。ボクは
「漁岡さんに、熊井さんね。どうぞよろしくお願いいたします」
一瞬、和やかそうな空気が流れる。
「――で? ウチの美湖の『邪魔』とはどういった了見でしょうか?」
熊井はその気配に怯えていたが、漁岡は堂々とした態度で対応する。
「そちらの火瀬さん……、ええと、美湖さんですね。美湖さんが、こっちの熊井くんをいじめてたんです」
「あら、まあ。……美湖、本当なの?」
火瀬は追い詰められているかのように言う。
「あ……、その……、……はい」
「本当ってこと?」
「……そう、です」
その返事を聞いた青庭は、顔に左手を当てて悲しそうな仕草をした。
「美湖……、わたくしは情けないわ」
いじめをしたという妹のことを許せないのだろう。青庭は続けて言う。
「こんな低レベルな方々を蹴散らすなんて、火瀬家の名折れ。力を振るうならわたくし相手にしなさい。いくらでも受け止めてあげるから」
「いや、でも……」
「いいわね?」
「………………はい」
青庭は「いじめをしたこと」ではなく「いじめの相手を選べ」という理由で悲しんだようだ。よほど火瀬家という血筋に自信があるらしい。
続けて、青庭は漁岡のほうを向いて言う。
「あなた方に美湖は釣り合わないというのに、ごめんなさいね。以後は触れさせないようにしますから」
「うーん……、教育方針でしょうか。それはいいんですけど。……でも、ちょっと待ってください」
「どうなさりました?」
漁岡は火瀬のほうを向く。
「火瀬さん。熊井くんに謝ってくれない?」
「まあ」
青庭は口元に手を当てて驚き、残る熊井と火瀬の二人は黙り込んだ。
「………………」
特に火瀬はバツが悪そうにしているが、それも当然の話。
(熊井にはちょっと悪いとは思うが……、漁岡の前じゃ死んでも謝りたくねぇ。でもそれ以上にアネキに逆らったら……。なら、……アネキがなんて言うか、かな)
心の中ではこんなことを考えていて、この場の三人全員に汎用的にかけられる言葉が無かったのだ。
火瀬は答えを求め、青庭の顔を見る。一瞬だけ二人は目が合い、青庭は口を開く。
「美湖、帰りましょう。もう今日は遅いから、明日からまた指導していくわよ」
……意訳すると「こんな二人のことなど無視しなさい」。
熊井に対して少しは悪いと思っているので、できれば謝りたかった。でも、姉がそう言うなら仕方がない。それに、漁岡の近くにいるよりはマシだ。
そう考えた火瀬は、姉の言葉に従って帰ることにした。
しかし、漁岡は黙っていない。
「青庭さん。これは熊井くんと美湖さんの問題ですよ。彼女に謝らせてください」
「……あなた、漁岡さんでしたっけ。ウチの方針に口答えはお控えくださいな」
「人として、悪いことをしたら謝るのは当然のことですよ」
(ならテメーはアタシに謝れよ……)
漁岡の発言にとても思うところがあった火瀬だが、ここで言うとややこしくなりそうなので黙ることにした。
「ただの人ならそうかもしれません。ですが美湖は火瀬家の人間です。我が家の事情に口出しをするなら……、あなたには手を下さなければなりませんよ?」
「これ以上は引き下がれない、ということですね。でも、ボクもここは譲れません」
「そう……。死にたいようですね、あなた」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ………………!!
青庭と漁岡。二人の強い意志がぶつかり、大地が揺れる。
「いいでしょう。我が『龍神の力』、身を
「あなたがそう来るなら、ボクも容赦はできません。この、『鬼神の力』で……!」
青庭は青緑色の、漁岡は赤色のオーラを身に纏い、宙にゆっくり浮かび上がった。
オーラは彼らの頭上に膨れ上がり、それぞれ龍と鬼の顔の形になる。龍VS鬼の戦いが、今始まった。
まず仕掛けたのは青庭。彼女は「左手」を少し上げ、直後に真下へ降ろす。
「はっ!」
ゴロゴロ、ピシャーン!!
それと同時に雷が落ちてきて、「漁岡のいた場所」を通った。漁岡はすでに移動しており、雷が来ると読んであらかじめ回避していたのだ。
漁岡はそれに加えて、あえて「地面まで降り立った」。
漁岡と青庭が空を飛んでいたのは、それぞれの「鬼神の力」と「龍神の力」をブースターとして放出し、上向きに速度を発生させていたからである。一方で空中ではブレーキが難しく、青庭の雷を避けるのに支障が出ると判断した。地上であれば、地面との摩擦を利用して速度を落としやすくなる。
龍神の主な力は、風雨を操ること。常人が当たれば即死するレベルの雷を、自在に何度でも落とすことができる。それゆえ、一度回避された程度で怯む青庭ではない。
ピシャーン! ピシャーン!
何度も漁岡がいる場所に雷を落とすが、漁岡は絶え間なく高速で移動し続ける。規則的に動くと移動先に合わせられてしまうので、一瞬止まって一瞬動き、一瞬止まって一瞬動き、と繰り返して移動をしていた。
「……ちょこまかと」
なかなか攻撃が当たらない状況に、わずかに怒りを浮かべる青庭。だが、相手は避けることしかできていない。しかもわざわざ地上に降り、空中にいる青庭へ攻撃しにくい状況に自らを追い込んでいた。
いくら攻撃が当たらないといっても、相手が攻めてこなければ少なくとも危険な状態にはならない。それどころか、相手が判断を一度でも誤れば命中するのだ。よって、青庭が攻撃の手を緩める道理はない。
幾度と雷が撃たれたことで、次第に地面はえぐれてゆく。下にある土が掘り起こされ、だんだん足場が悪くなっていった。
高速で移動する漁岡だが、もし
……だが、作戦を考えたのは漁岡も同じである。
(この「土」があれば、届く……!)
漁岡は掘り起こされた土を見ながら移動を続けていた。そして……。
――シュッ! ドカッ!!
風を切る音、硬い物がぶつかる音がしたかと思うと、青庭が「空中で仰け反っていた」。
「くっ!?」
一瞬だけ雷の手が止まった瞬間……、拳ほどの大きさの「茶色い球体」が無数に青庭へ飛びかかる!
「なっ! ……ふ、ふざけた真似を!!」
青庭は力を解放し、茶色い球体群に「鋭い風」を吹かせた。それにより球体はスパスパと細切れになり、その勢いを失った。
その様子を見た漁岡は、悔しそうに青庭を見上げる。
「……まあ、これくらいで勝てるわけじゃないか」
漁岡が行ったのはズバリ、「土」を投げる攻撃であった。
とはいえ単純に土を投げても、粒が空中に散るだけで攻撃にはならない。なので、漁岡は土を強く握って凝縮、固めることで「ボール」を作って放り投げたのだ。
常人が土を握ってもたかがしれているが、漁岡には「鬼神の力」が宿っている。つまり「鬼」の神なので、人間を遥かに凌駕する握力を持っている。そのため、ただの土塊と侮るなかれ、その
しかもそれを、文字通り「『あっ』と言う間」に実行した。それも「鬼神の力」の成せる技であり、一瞬で大量の土ボールを用意できた理由であった。
龍神と鬼神は、お互いを睨み合う。どちらも奥の手は隠している状態であるが、今の両者の力は拮抗している……。
■
……そんな二人を、呆然と見ることしかできない熊井と火瀬。
今彼らはどうしているかというと、この場は橋の近くの河川敷。青庭の雷が当たらないよう、橋の下に避難していた。
火瀬は、姉である青庭を呼んだことを後悔していた。
補足として青庭を呼んだ方法だが、実は電話をかけたりメッセージを送ったわけではない。なんと「GPS機能をオンにした」だけだった。
青庭はたったそれだけで妹の場所を探知し、すっ飛んで捜しに来たというわけである。彼女はそれほどまでに「教育熱心」で、美湖に火瀬家の人間として日常的に作法を叩き込んでいた。
だから、火瀬は姉が苦手だった。姉のいる家も嫌だった。
だから、わざわざ河川敷に秘密基地を作っていたのだ。
それは、青庭のことを「逆らうことのできない強者」と認識していたため。勝てないなら逃げるしかない、そう思っていたのだ。
「それほど強い者なら、漁岡にも簡単に勝てるだろう」「今の秘密基地は失うだろうが、また作ればいい」「それより漁岡の排除が先だ」、と。
……それが予想は外れ、漁岡と青庭はほぼ互角。こうなってしまうと漁岡は排除されず、日々の平穏を失うだけ。
それこそが火瀬の後悔の内容であった。
火瀬は避難しているもう一人、熊井のほうを見る。
……彼はあの二人の神の戦いとは無関係。だから逃げてしまえばいいはずなのに、何故かここにいる。
「おい、熊井。なんでテメーはここにいんだよ」
「………………」
「聞いてんのか、おい」
「……分かんねぇ」
熊井は火瀬のほうを向かず、戦いを見つめながら言った。
「『分かんねぇ』ってなんだよ。テメーは逃げりゃいいだろうが」
「お前こそ、逃げねーのかよ」
「あ、アタシは……。……逃げても、意味ねぇからな」
今ここから逃げたとして、後で姉から責められるのは想像に
否。仮に捨てたところで、二人が火瀬のことを捜さない保証はない。さらに意識せずとも、偶然再会してしまう可能性はゼロではない。漁岡か青庭、どちらか一人に見つかったら終わりなのだ。
「……悪かった、熊井」
「は……?」
突然の謝罪の言葉に、熊井は火瀬のほうを向く。
「その……、お前に色々ひどいことをしたからな。……ごめん」
「………………」
橋の外では激しい雷の音が鳴っているはずなのに、ここでは沈黙が流れた。
「今更……、謝ってどうなんだよ。オレはお前に負けたんだ」
「ははは、ホントだよ。どうなるんだろうな、アタシ」
渇いた火瀬の声を聞き、熊井は彼女の心情を察した。
「……お前のねーちゃん、そんなに怖いのか?」
「あン? ……見て分かるだろ?」
「どうにかしようと思ったこと、ねーのか」
「できるわけ……、ねぇ、だろ……」
青庭に対して、火瀬の心は完全に折れていた。抵抗する気すら起きないということらしい。
「じゃあ、『方法』はある」
「え……」
「あの青庭って人をどうにかすりゃいいんだろ? 火瀬、オレに協力してくれ」
「……」
橋の外では、今も激しい戦いの音が響いている。熊井の耳にもそれは届いているはずであり、しかも先ほどまでその光景を目で見ていた。なのに熊井の目は「解決手段がある」と言っているのだ。
本来、天使と悪魔が協力するのはタブーとされている。別に戒律などがあるわけではないが、相反する勢力同士なので連携は難しい。それなのに、まさか力を合わせて戦うというのだろうか。
確かに、漁岡は青庭と互角のようだ。その漁岡に加勢すれば、怖い姉にも迫ることができるかもしれない。しかし火瀬は、三度も殴られたことで漁岡のことを嫌いになっていた。そんなヤツと協力するなんて……。
そう思った火瀬は熊井に言う。
「まさか、漁岡と協力するってのか? アタシはあんなのと共闘なんてイヤだぞ」
「いや、共闘なんてしない。もっと『確実な方法』があるだろ」
熊井は携帯電話を取り出した。ピッ、ピッ。そしてロックを解除したかと思うと……、プルルルとどこかに電話をかけた。二回のコールの後、熊井は話し始める。
「――もしもし、『警察』ですか」
……。
「は?」
そう、熊井が言った「方法」とは……、「警察への通報」だったのだ。
(「協力」って……、共闘とかじゃなくて「証言」ってことかよ!?)
………………。
ほどなくして、龍神の力で暗くなっていた空模様は一気に赤く澄み渡った。かと思うと、大きな「隕石」が突如として墜落してきた!
だが、漁岡と青庭の二人はまだその様子に気づいていない。
「――そこの二人、大人しくしなさい!」
そこで、隕石のある空高くから大人の男性の声が聞こえてきた。
「「あっ!?」」
二人は同時にその存在に気づき、空を見上げて隕石を見る。
勢いを増して落下する隕石は、二人のいる場所へ向かう。そしてぶつかる五メートルほど前のタイミングで急に中から崩壊し、バラバラと崩れ落ちる岩塊の中から一人の男が現れた。
彼こそが「警察」であり、「
いくら神の使いとはいえ、鬼神や龍神などよりも遥かに高みに立つ「宇宙神」。漁岡も青庭も勝てる道理などなく……。
■ ■ ■
……その後のことを、簡潔に解説。
漁岡と青庭の激戦は「警察」により中断となり、二人は公共の場で二度と暴れることのないように厳重注意を受けることとなった。
さらには熊井と火瀬は、二人の争いが自分のせいだという証言をした。これにより熊井と火瀬も注意を受けた……、というわけではなく、漁岡と青庭へさらに注意が増えた。
何故なら、二人は「神」の力を持っている。ゆえに下位存在を保護する責任があるのだが、熊井と火瀬の二人を争わせただけでなく、神同士で要らぬ戦いを始めてしまった。しかし、そんなことでは「神」として相応しくない。
ゆえに青庭には「12億円」、漁岡には「5億円」、と罰金が請求された。本来は二人とも同額なのだが、漁岡は未成年ということもあって7億円分減刑されたのだ。なお、二人とも後日「一括払い」で済ませた。
「神の力」の剥奪でないのは、二人とも日常的に力を使用し、億単位の金を容易に稼げるほどの社会的地位があったためだ。そんな彼らから神の力を剥奪してしまえば、億単位の利益が国に還元されなくなる。
ある意味で「宇宙神にとって二人は利用価値がある」ということなので、その程度で済んだのだろう。だが、もしも利用価値がなくなれば……。
……この世界において「警察」が抑止力となっているのは、そういう理由である。
■
そしてそれから、火瀬と熊井はそれなりに仲良くなった。
火瀬のいじめは「青庭から日常的に重圧を受けていた」ことが原因だったからだ。警察からの注意により青庭が大人しくなり、火瀬のストレス源はほとんど無くなった。ゆえに、もう熊井をいじめる理由も無いのだ。
さらに、ということは漁岡も彼女を攻撃する理由が無くなった。だからこそいがみ合う必要も無いわけで……。
「だからよ、漁岡。テメーはアタシに謝れよ」
「ええ? 謝るってなにをさ」
「おいテメー、人のこと『三回も殴って』おいて謝りもしねえのかよ!」
「だってそれ、火瀬さんが熊井くんをいじめたからじゃない?」
「なら、アタシはテメーにいじめられた。それはどーなんだよ」
「うーむむ……。一理あるなぁ」
漁岡と火瀬の二人が言い合う姿を見て、熊井の口には笑みが浮かんでいた。
話の内容自体は笑えるものではないのだが、いじめの日々と比べれば天と地ほどの差。これほど穏やかな時間が流れるのであれば、悪魔の力など必要ない。
(「クーリングオフ」しておいてよかったな……)
熊井が警察を呼んだのは、漁岡と青庭を止めるだけではなかった。実は二人への厳重注意の後、「悪魔の力」の契約について警察に相談したのだ。
契約書は熊井が持ち歩いていたので、その内容を改めて確認。すると条件を満たしていたので、「
つまり……、今の熊井は「悪魔の力」を持っていないのだ。
「『一理ある』、じゃねーんだよ! とっととアタシに謝れ」
「でも、そういうキミは熊井くんに謝ったの?」
「当たり前だろ! 心まで鬼になってるテメーと一緒にすんな」
「……本当なの、熊井くん?」
漁岡は熊井のほうを向きながら聞く。
「ああ、謝られた。ウソじゃねえよ」
「そっかー。じゃ、謝ってもいいかな」
「『謝ってもいいかな』じゃねーんだっつの! ホントは悪いと思ってねえのか?」
「そりゃ、悪いとは思ってるけど……」
「『けど』じゃねーよ! テメー、アタシが悪いとしか思ってねえんだろ、オイ!」
熊井はフォローのために口を開く。
「まあ、漁岡なりに悪いと思ってるのはそうみてえだ、オレが保証する」
「……フン。ま、オマエがそう言うなら、今は許してやるか」
「――そろそろ『面会時間』終了だ。最後に伝えたいことはあるか」
「あン? もうそんな時間か。そういうわけだから漁岡、次はちゃんと謝れよ」
「うん、考えておくよ。じゃあね、熊井くん、火瀬さん」
「ああ、また今度な、漁岡」
……なお、漁岡は罰金とは別に、神の力を不要に行使したことで30日間の拘留を受けている。熊井と火瀬の二人は、そんな彼に会いに来ていたのだ。
……。
「――んじゃ、あのヤローの面会も終わったことだしよ。約束どおり、アタシの秘密基地りを手伝ってもらうかんな、熊井」
「ああ、分かってる」
「いい感じのソファーが二個あったんだ。オマエに好きなほうを選ばせてやるよ」
「オレは黒めの色がいいな」
そして、二人はそんなことを話しながら帰路に就くのだった。
おしまい
【短編】熊井くんの友達 ぐぅ先 @GooSakiSP
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