エピローグⅡ

エピローグⅡ side高城

 彼女の誕生日を過ぎてからどれほど経っただろうか。名簿を見る限りでは彼女の名前を見つけることはできなくなっていた。


 どうやら、最後の最後まで足掻き続け、結局、初めて愛した人間の魂を喰らわないことを選ぶことにしたようだ。


 関わるようになってまだ一週間という短さだったが、彼女と自分には何故か被ってしまうところが多々見えてしまった。そのせいで、彼女に肩入れをしてしまい、本来渡すつもりのなかったあの飴玉を渡してしまった。やはり、彼女を見ていると昔の自分を思い出してしまうからだろうか。


 インスタントの珈琲を啜ると、口中に安い苦みが広がり、思わず顔をひそめてしまう。こんなことなら少し手間がかかっても自分で豆を碾き、ドリップした方がよっぽど良かった。


 確か今日からテスト期間に突入するので、運動部を含むどの部活も活動停止のはずだ。どうせ今日はもうすることもないのだし、早く帰ることができるだろう。


 あの喫茶店で珈琲を堪能して帰ってもいいかもしれない。不味い珈琲で一日が終わるなんてたまったものじゃない。


 それに、あの店員に「金髪の方が似合う」と伝えてくれるはずだった彼女はもういない。せっかくだから、少々気恥ずかしくとも伝えに行っても良いかもしれない。


 そう考えると、無性にあの喫茶店に行きたくなってしまう。今日の『本日のケーキセット』はモンブランだといいのだが。


 自分は溜息を一つ吐くと、なんとなしに外を見る。するとそこには艶やかな黒髪をした美しい少女と、活発そうな雰囲気の少女が二人並んで歩いていた。


 じっと眺めていると、艶やかな黒髪をした少女の左手に、太陽が反射してキラキラと輝いているものがあることに気が付いた。


 あれはなんだろうと思い目を凝らすと、そこには見覚えのある無骨な髑髏のリングが、その存在を主張するかのように日の光を浴びていた。彼女の雰囲気には似つかわしくないそれに、思わず首を捻る。そして、そのリングがある人物の身に着けていたものだと分かると、自分は思わず「あぁ」と呟いてしまった。


 きっと、もう黒髪の彼女は、彼女のことを一番最初に愛し、そして消えてしまった一人の吸血鬼のことなどすっかり忘れてしまっているのだろう。それでも、どうして身に着けているのか分からないようなそれを身に着けているのは、僅かに残った彼女の残響によるものではないだろうか。


 その光景を切り取るようにそっと目を閉じると、保健室内に向き直る。


 彼女はこれからどうするのだろうか。


 自分は一人の少女を思い浮かべると、彼女のように無言で小さく首を左右に振った。さあ、これからすることは山ほどある。自分はそっと空になったマグカップを机に置くと、大きく伸びをした。


 そして、誰もいない空間に、いつになるかは分からないが、これから先、必ず言うことになるであろう一言を呟いた。


「――おかえり」

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