第三章 私の答え⑭
「自分は何故だかね。消えた吸血鬼を忘れないんだよ」
それから私がきょとんとした顔で先生を見ると、彼女は苦笑いを浮かべながら「冗談だ」と独りごちるように言った。
もし、もし仮にそうなった場合、私と先生の関係はどうなるのだろうか。子どもと言うには大きくなりすぎている気がする。
「でも、わ、私は……先生、の子どもって……年齢じゃない……ですよ、ね?」
私がなんとか声を絞り出した疑問を伝えると、先生は声を上げて笑った。そして、ひーひー言いながら自らの人指し指で目に浮かんだ涙を拭いた。
「いやー申し訳ない。そういう意味で言ったのではないのだけれどね」
そう言うと、先生はしばらく考える素振りを見せる。そして「どちらかと言えば年齢的には娘より、妹の方が近しいだろうね」とまた楽しそうに笑った。
それから、先生は私の全身を優しく拭いてくれると、換えの服を着させてくれた。そして、制服から飴玉を取り出すと、私の服の左ポケットに入れてくれた。
「よし、これで綺麗になった」
「ありがと、う……ござ、います……」
「どういたしまして」
そう、先生は何事もなかったかのような声音で言うと、私の隣にそっと座った。
「まだ誰にも自分自身の気持ちは話していないのかい?」
私が無言で頷くと、先生は「そうか」と目を伏せた。
先生ってまつげが長くて羨ましいな。私はぼんやりする頭でそんな事を考えた。よく考えると、先生の顔をこうやってまじまじと見たのは初めてかもしれない。まあ、こんなふうに会話をするようになってからまだそんなに経ってないから当たり前と言えば当たり前のことなのだけれど。
「そうだ。君のバンドについてだが、自分から話しておいたよ。もちろん君が吸血鬼ということは伏せてね」
先生はカレンダーに書かれた赤い丸を見ながら、ニヤリと悪戯を思いついた子どものように笑いかけた。
「知らないとは思うが、実はね。自分がラスト・シガレットの元キーボード担当なんだよ。つまり、失踪したことになっている張本人さ」
「えっ……?」
私が驚きの声を上げると、先生は楽しそうにけらけらと笑った。確かに言われてみれば、写真で見たときと髪型が変わっているものの、顔の輪郭がどことなく見覚えがあるような気さえしてくる。
「えっ……まさ、か……ほんと……です、か?」
彼女は一連の流れをあやふやにするかのように、朗らかに笑う。
「冗談だよ。自分はただのそっくりさん。ただ、彼らと個人的な関わりがほんの少しあるだけだよ」
先生が言うとそれが冗談ではなく、本当のことのように思えるから不思議だ。だが今は、それが嘘であれ真実であれ。私の気持ちを少し軽くしてくれた。
「まあ、自分にできるのはここまでだ。これから先を決めるのは自分じゃない。他でもない君だ」
先生は私の頭を優しく撫でると、部屋を後にした。撫でてくれた時の先生の顔が窓から差し込んだ西日でとても美しく、そして、神秘的に見えた。先生ほど西日によって美しさが際だつ人はいないのではないだろうか。私がぼんやりとそんなことを考えている間に扉が閉じる音が部屋中に響くが、少しもしないうちに残響すら残さず消えてしまう。
私は一人になった部屋で、ポツリと感謝の言葉を述べた。
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