第三章 私の答え⑩
「あそこの店員さんに、たまーにだが、キツメの美人がいるんだ。今は黒髪で髪の毛をアップにしているんだが、見たことはないかい?」
私はしばらく思考を巡らせた後、一人の人物に行き当たる。つい最近、私が話したばかりの、ある人物。
「えっと……村上さん……ですよね」
先生は「そうそう」と言ってハンドルを左に切る。彼女の運転は安全運転で、何も心配することがない。
「あの人に今度会ったら、金髪の方が似合いますよと伝えておいてくれないか? 自分はあの人は黒髪より金髪の方が似合うと思うんだ」
「え? 私が……ですか?」
驚いて尋ねると、先生はけらけらと、心の底から楽しそうに笑った。
「自分はあの店の常連でね。あの店員さんとはよく話すんだが、なんだか今更そんなことを言うのが気恥ずかしくてね。だから、君にお願いしたいんだ」
私が「分かりました」と頷くと、先生は少し微笑んで「頼んだ」と答えた。
その簡単なやりとりの中に忘れてはいけない、重たい意味が含まれていることを私は忘れてしまいそうだった。
私に頼むという行為が、意味すること。
「さて、住所の通りならここなんだが……合ってるかな?」
そう言われて外を見ると、少し年季の入った一軒家が見えた。
「えぇ、ここです」
先生は無事着いたのに対して安堵したのか、ふうと小さく息を吐いた。
「君のご両親とお話ししたいんだが……今日は大丈夫かな?」
私は車に着けられたナビで時間を確認する。今日は二人とも早く帰って来るはずなので、問題はないはずだ。
「多分大丈夫だと思うんですけど……」
私の言葉を聞くと、先生は「良かった」と言って車から降りてしまった。そして、助手席から私を回収すると、家のチャイムを押した。
家から「はーい」と母の声が聞こえると、ゆっくり扉が開く。そして、先生に肩を貸してもらってなんとか立っている私を見ると、驚いたように「まあ!」と声を上げた。
「娘さんの学校で養護教諭をしている高城あずさと申します。突然お邪魔して申し訳ない。お宅の娘さんのことでお話ししたいのですが……」
先生の言葉に、母は怪訝そうな顔で私を見た。
「あぁ、大丈夫です。例のあの件についてです」
先生はそう言いながらポケットから一枚の紙を取り出して見せる。母は最初こそ怪訝そうにその紙を受け取ったが、紙を一読すると納得したようで、先生を家に招き入れた。
その後すぐに私は部屋に運び込まれたので、そこから先は何の話をしているのかはさすがに聞き取ることはできなかった。ただ、数分すると、再び玄関が開く音が聞こえてきた。重い身体を無理矢理動かして玄関先の見える窓まで移動する。そこから外を見ると、先生が車に乗るところだった。母は何度も頭を下げており、その様子から「これからよろしくお願いします」とでも言っているのはすぐに予測できた。
先生は私の視線に気が付いたのか、一瞬こちらを見たが、何の行動も起こさず、すぐに前に向き直ってしまう。そして、先生の白塗りの車に乗り込むと、そのまま走り去ってしまった。あの時は分からなかったが、先生の車は白いのか。黒色が似合いそうなのになと考えると、なんだかあの店員さんの髪の話をしているようで思わず笑ってしまった。
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