第三章 私の答え③

 ゆっくりと目を開くと、太陽の光が私の部屋を明るく照らしていた。夕暮れの明るさと違う光の色から察するに、どうやら一日中眠ってしまっていたようだ。


 携帯を確認すると金曜日と書かれた下に、午前六時十三分と記されていた。昔から、AMとかPMで表記するのはあまり好きじゃない。そんなことを考え、ふっと小さく笑った。


 空腹は幾分ましになっており、このままなら学校に行っても問題ないだろう。


 ベッドから立ち上がると、自分が制服のまま寝てしまっていたことに気が付く。ワイシャツの下に着ていたタンクトップと下着が汗でべとべとになってしまっていた。


 溜息を一つ吐くと、換えの着替えと下着類一式を引っ掴んでシャワーを浴びに一階の浴槽に向かう。


 シャワーを浴び終わり身体を拭いて服に着替えると、髪を乾かす為に洗面台の前に立つ。ドライヤーを持って鏡を見ると、疲労の色が色濃く見える私がそこに立っていた。顔が少し痩けている。


 さらに健康とは言い難い顔になったな。


 そう思うと、自然と苦笑いが浮かんでしまう。私は小さく首を左右に振ると、ドライヤーのスイッチを入れる。ドライヤーの温風が少々熱く感じるが、私は気にせずに髪を乾かす。昔からがさつなところがあるため、楓にはよく、もっと丁寧にした方が良いんじゃないかと注意されたことがある。まるで第二の母親のようだ。私はそんなことを考えながら髪の毛に触れると、大方乾いたようなのでドライヤーを止める。


 そして、スカートを履き、上からブレザーを羽織る。昨日も着ていたはずなのに、身に着けた制服が随分久しぶりのものであるかのように感じられた。少しシワが目立ってしまうがこの際致し方がない。換えのスカートを、クリーニングに出してしまったのを後悔する日が来るとは思いもしなかった。


 私が脱衣場から出ると、リビングから食パンの焼ける、芳ばしい匂いが漂って来た。きっと食べられないだろうが、それでもその香りに釣られるように扉を開く。


 私がリビングの扉を開けると母が疲れた顔で私を出迎える。そして、無理に笑顔を浮かべると「おはよう百合」と言った。


「うん。おはよ。お母さん」


 そう言いながら席に着くと、テーブルに置かれた血を一気に煽る。そして、ふうと一息吐いて、ゆっくりと口を開く。


「あのね。私がまだ魂を喰らってないから心配してるんでしょ?」


 私がそう聞くと、母の肩がびくりと震える。そして、少々疲れた笑みを浮かべながら私の前の席に着いた。


「どうして、そう思うの?」


 母親が困り顔で尋ねるが、私が真剣な顔で見つめると、母も観念したのか「そうよ」とだけ吐き出すように答えた。


「やっぱり……心配?」


「当たり前じゃない!」


 私の質問に、母は間髪入れずに語気を荒らげてそう言い放った。


「貴方は大切な大切な私の娘なのよ? 心配ないわけないじゃない……」


 母は悲痛な声で叫ぶと、さめざめと泣き始めた。


「……ごめんね」


 なんとか絞り出した言葉は掠れて言葉になっているかすら怪しかったけれど、母は私の気持ちを確かめるように静かに。ただ、首を左右に振った。


「私にだって貴方と同じ時期があったから当然気持ちは分かるわ。でも、やっぱり母親だから、心配なのよ」


 その言葉に、何も答えられず俯いてしまう。


「私がね。初めて愛した人間の魂を喰らったのは飢えを感じてすぐにだったわ。その人は昔はとても誠実で素晴らしい人だったけれど、私が十八歳になった頃には人を傷つけることに喜びを感じるような最低な人になってたの。だから、罪悪感なんて覚えないだろうって思ったけど、やっぱり苦しくて。どうして私たち吸血鬼ばかりがこんなに苦しまなきゃならないの。って毎日思ったわ」


 そこで母は一度言葉を句切ると、机の上の血を飲み干した。


「それでも、私は生きてる。この苦しみを背負いながら生きるしかなかった。私が生きるって選択したんだもの。私は精一杯生きるわ」


 母は弱々しく微笑むと、朗読するように私に吸血鬼の話をしてくれた。この話はきっと私が幼い頃に、話してくれたもの。今度は忘れないように。心にしっかりと刻み込めるように。真剣に母親の話に耳を傾ける。


 全てを話し終えた母は少し疲れたような表情を浮かべると「でもね、」と視線をさまよわせた。


「この話には続きがあるの」

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