第三章 私の答え②

 いくら私が抜けていると言っても、本当に信じていたからこそ彼女に自身の秘密を漏らしてしまったのだろう。そして、そんな私の秘密を彼女は気持ち悪がらずに受け入れてくれたからこそ、今の私がいる。あの時楓が私のことを気味悪がってみんなに話してたらと思うと、今でも背筋に嫌な汗が伝う。それに、私が謝って吸血鬼の情報を漏らしてしまっても、いつもフォローしてくれたのは楓だった。彼女のおかげ、私は他の友達を失わずにいられている。


 私が気が付いてないだけで、楓を心から信頼し、そして、心から愛していたのだ。なんで今の今まで気が付けなかったのだろうか。


 正直、愛するって行為はいまだに理解はできていない。でも、血がそう言うのだからきっとそうだ。後は私自身が受け入れるだけ。


「本当に、そうなの?」


 目を閉じた瞬間、耳元で囁くように、自分の声が聞こえた。


「あ、貴女……」


 驚いて目を開くと、あたりには何もなくなっていて、真っ暗な空間に、ぼんやりと浮かぶように私と、見窄らしい布きれに身を包んだ、自分とそっくりな少女が立っていた。


「まさか、忘れたの?」


 少女が、にたりと、気味の悪い笑みを浮かべる。


 この気持ち悪さを、忘れるはずが、ない。首をぎこちなく左右に振ると、少女が安堵したかのように笑う。


「まあ、分かってたけどね」


 肩を竦めて言う彼女に、一歩後退る。


「受け入れるって決めたんでしょ? 自分の気持ちを」


「楓を、愛してるって気持ち……?」


 私の質問に、少女は楽しそうに笑う。


「他に何があるの?」


 黙って、唇を噛む。


「人間は結局吸血鬼のエサでしかないんだ。分かってるくせに」


 吐き捨てるように言う彼女に「違う!」と叫んでやりたかった。でも、声が喉に張り付いてしまったかのように外に出てくることはなかった。


「言葉にできないのは、それが心の奥底で思い続けていることだからだよ」


「ち、違う……違う違う違う! 私は……私は、そんなこと……」


 頭を強く振り、彼女の言葉を自分の中から放り出そうとする。しかし、そうすればするほど、心に深く根付いてしまうような気がしてしまう。


「受け入れちゃいなよ。そうすれば楽になるのに」


 顔を上げると、どこまでも冷えたような目つきで私を見ていた。その瞳の冷たさに、夢で見た、湖の冷たさを思い出す。


「馬鹿だなあ。君は本当に馬鹿だ」


 少女は愉快そうに笑うと、ぐっと顔が触れあいそうなほどの距離まで近寄ってくる。


 彼女の大きく見開かれた瞳には、怯えて、歯をがちがちと鳴らした、情けない姿の私が鮮やかに映っていた。


「私は君の心」


 少女はぱっと距離を取ると、そう言って再び楽しげに笑う。


 けらけらと、きゃっきゃと、まるで、無邪気な子どものように。


「あがけるだけあがくといいさ。苦しむ時間が長くなればなるほど、つらくなるのは他でもない、自分自身なんだから」


 そう言い残し、少女は――いや、私の心は暗闇へと消えてしまう。


 彼女の言葉一つひとつを思い出して、私は唇を強く噛んだ。


「楓……私、どうすれば……良いのかな……」


 その声は誰にも届かず、ただ、暗闇に落ちて死んでしまった。

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