第一章
第一章 吸血鬼①
吸血鬼は十八歳を迎えると、初めて愛した人間の魂を喰らう。
こんな噂話を聞いたことはないかな。
まあ、知ってる人がいたとしても、それはよっぽどの吸血鬼マニアか、図書館とか本屋でたまたま読んだ本に載っていたかのどちらかだろうと思う。だから、むしろ知らない方が普通のこと。
そして、私がその吸血鬼だったりなんかして。この世界にはひっそりとだが、人ならざる者が確かに存在する。
だから貴方の隣にもほら。私たちの仲間がいたりなんかして――。
今私のことを頭のおかしい奴だと思った人もいると思う。正直その言葉はあんまり好きじゃないけれど、実際この言葉には助けて貰っていたりする。理由は、私が吸血鬼についてあまりにも詳しいからだ。
できる限り気をつけているが、ある瞬間にポロッとみんなが知らないような吸血鬼の情報を漏らしてしまったりすることがままある。そんなときは、みんな決まって変な顔をするので、私がさらに得意げになってさっきよりもマニアックな話をすると、みんな「あんたは相変わらず吸血鬼が好きだねー」なんて言いながら苦笑い。
最後に、みんなに向かって「吸血鬼対策だー」とわざわざ準備した十字架を掲げて見せる。これで私はもう吸血鬼だとは思われずに、ただの吸血鬼マニア。もしくは頭のおかしい人として片付けてもらえる。
本当はここまでしなくても良いんだろうけど、石橋を叩いて渡るぐらいの注意深さでいないとやってられない。私たちはひっそり生きなければならないのだから。
私がこんな身体になったのは親が吸血鬼だから。お金持ちの家に生まれてくる感じとなんら変わらない。いや、お金持ちのように得することばかりではないから、少し違うかな? まあ、非常にどうでもいいことには変わりがないんだけれど。
普段は人間と同じように生活しているけど、私たちはやはり吸血鬼。
嫌々でも血を摂取しなければ生きていけない。詳しい理由は知らないけれど、それが身体の原動力となるから、私がどれだけ拒んだとしても飲まなければならないんだ。
せめてもの救いは、血を飲むこと以外はみんなが知ってることと当てはまらないぐらいか。だから、学校の友達と普通に太陽の下を遊びに出かけられるし、ニンニクの効いたスパゲッティだって食べられる。もちろん、ニンニク料理を食べた後はブレスケアをしなければならないのも一緒。
当然みんなが知らないことは数多くある。最初に言ったこともその一つだと思う。
私が幼い頃に、両親がこの飢えについて話してくれた事がある。十八歳を迎える一週間前の夜から、私たち吸血鬼は猛烈な渇きを覚える。そして、その渇きはどれほど血を飲んでも満たされないのだ。身体が。いや、吸血鬼としての本能が血を寄越せと要求してくる。
私たちは最初に愛した人間の血を飲み干し、その魂を自らの身体に取り込むまではこの渇きからは逃れられない。どれだけ自分が飲まんとしても、その人間に流れる血のとても美味しそうな匂いが私たちの鼻孔をくすぐる。極上の料理のように素晴らしいその香りは、吸血鬼達が生きていく中で十八歳を迎える誕生日の一週間前の期間にだけ。しかも、その人間からしか嗅ぐことができない。
そして、最初こそは喰らうまいと理性と戦うが、いずれ耐えきれなくなり、自らの欲望に身を任せてしまうそうだ。
だが、この話には続きがある。吸血鬼が魂を自分の身体に取り込むと、取り込まれた人間はこの世界に最初から存在しないこととなってしまう。言ってしまえば世界中の誰からも忘れられてしまうのだ。それは親しい友人だけでなく、生みの親にまで。
覚えているのは魂を喰らった吸血鬼本人だけ。
本人だけがその者の存在を覚えており、罰を受けるかのごとく、その罪を背負って生きなければならない。まるで、自分が吸血鬼であると何度も強制的に刷り込まれるように。
でも、幼い頃の私はその話をどこか遠い国の話であるかのように聞いていた。話だけで聞かされても、それは古いお伽話のように感じられた。だからずっと、私には関係ない。私だけはそんなふうにならない。どうせ両親は私を驚かそうとしているだけだ。
心の奥底でそう思い続けている自分がいた。
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