第二十話

 学園祭まで残り一週間を切った頃。

 生徒会室にはいつも通りの日常が繰り広げられていた。

 室内には俺と会長の姿しかなく、残りの二人は各々おのおの理由があるため来ていない。

 そんな中、深刻な表情で会長が呟いた。


 「……そういえば最近、全然右京くんと話せてないんだよね」

 「……」


 俺はそれになんと答えるべきか分からず、黙り込んだ。

 避けられてるからです、とはもちろん言わない。ていうか言えない。

 会長は悔しそうに拳を握り……。


 「この前たまたま廊下で会ったから話しかけてみたの! そしたら話すのが久しぶりだったせいか、ものすごくテンパっちゃって全然会話できなかったの!」


 ……なんだ、いつも通りじゃないか。

 

 「だから翔くんお願い! 今日は翔くんを右京くんに見立てて、会話の練習をさせてほしいの!」

 「……い」


 嫌です、と即座に断わろうとし、しかし俺は踏み止まった。

 俺を右京に見立ててくれる……それはつまり、今日この瞬間だけは俺を右京と同じように扱ってくれるということだ。

 間接的にだが、会長が俺のことを一時的に好きな人として扱ってくれるということだ。

 こんな貴重な体験は今後一切できないかもしれない。


 「やりましょう、すぐやりましょう」

 「ほんと!? やったっ!」


 会長は嬉しそうに席を立つと、俺のもとへ駆け寄ってきた。


 「それじゃあまずは……………えぇと、何からしよっか?」


 ……何も考えてなかったのか。そこは何かしら考えておくものだろう。

 俺も特に何も思い浮かばなかったため、適当に『廊下でたまたますれ違った時』というシチュエーションでシミュレーションしてみることになった。

 

 「それじゃあ早速やりましょうか」

 「うん!」


 そうして俺は会長から少し離れた場所まで行き、ほどなくして会長の真横を通り過ぎた。

 しかし会長は声をかけるでもなく、何故か深刻な表情をして固まっていた。

 右京のときと同じ対応を期待していただけに、その落胆は大きい。


 「ちょっと会長、何してるんですか。俺は真面目にやってるんですよ」

 「……違う」


 問いかけると、会長は先ほどと同じく深刻な面持ちで呟いた。


 「……違う、とは?」

 「全くドキドキしないんだよ! これじゃあ練習にならない!」

 「ゴフッ……!?」


 鳩尾みぞおちに鋭い正拳突きを受け、俺はその場に崩れ落ちた。

 なんて失礼な人なんだ……。

 そりゃ俺は右京じゃないし、緊張しないのは分かるが、それにしたって言い方があるだろう。

 ショックを受けてひざまずいている俺には目もくれず、会長は自身の鞄から何かを取り出すと、それを俺に手渡してきた。

 ……それは右京の顔がプリントされたA4の用紙だった。


 「……なんですか、これ」

 「右京くんの顔だよ!」


 そんなのは言われなくても分かっている。

 俺が聞きたいのは何故こんなものを持っているのかということだ。


 「ほら、右京くんの顔をつけたら少しでもイメージ湧くでしょ? こっちの方がやりやすいかなって!」

 「……そうですか」


 ちなみにこれを所持していた理由を聞くと、「フフン、好きな人の顔写真を持ってるくらい普通でしょ!」とドヤ顔で返された。

 それを普通だと思っているのは会長だけだ。

 たしかに好きな人とのツーショットを画像フォルダなどに保存している人は少なからずいるだろうが、わざわざプリントアウトまでする人はどこの世界を探しても会長だけだと思った。

 そもそもこのプリントされた写真はツーショットではない。

 右京が学食でラーメンをすすっているときの顔写真だった。

 ……いつの間に隠し撮りなんてしたのやら。

 俺は釈然しゃくぜんとしないながらも、輪ゴムを使ってそれを顔に貼り付けた。

 するとその瞬間、会長の顔が真っ赤に染まった。


 「ううう、右京くん!? ……あ、いや、翔くんなのか! あれ、でもやっぱり緊張する!」

 「……」


 ……むなしい。なんというか、すごく虚しい。


 「あ、あれ、アタシ何してたんだっけ!? 翔くん、アタシ何してたんだっけ……あれ!? 翔くん!? 翔くんどこ!?」


 どんだけテンパってんだよ。目の前にいるよ目の前に。


 「あの、会長……」


 いい加減テンパりすぎて会話にならないので、会長に近づいて声をかけた___その瞬間。


 「きゃあああああ!!」


 甲高かんだかい悲鳴を上げ、右頬を思い切りビンタされた。

 衝撃でその場に倒れ、あまりの痛さに頬を押さえる。

 続いて下半身、上半身ともにガッチリと固定され……会長は袈裟固けさがための体制に入っていた。

 ……俺は今日初めて右京の気持ちが分かったかもしれない。

 これなら右京が会長を怖がるのも無理はない。

 右京を惚れさせるとか以前に、動揺すると袈裟固めをしてしまう癖を直したほうがいい。


 「ていうか痛い痛い! 放してください何やってるんですか!?」

 「ごごご、ごめんね右京くん!? でもアタシこれをどうやって解けばいいのかわかんない! なんでアタシ右京くんに袈裟固めしてるの!?」

 「無意識でこれやってるんですか!? ていうか俺は右京じゃないです!」


 俺と会長が言い争っていると、突然生徒会室の扉が開き、右京が姿を現した。

 そうして俺と会長の二人を交互に眺め、怪訝けげんな表情を浮かべた。

 生徒会室の扉を開けたら会長が書記に袈裟固めをしていたのだから、こんな反応になってしまうのも仕方がない。

 会長は右京の姿を見て、愕然がくぜんとした表情のまま固まっていた。

 続いて何か言い訳でもするかのように口をパクパクと動かしている。

 まあ、こんなところを見られたらショックだろうな。


 「な、なんで……右京くんが二人……?」


 そっちかよ。ていうかなんでまだ気づいてないんだよ。

 会長は右京が関わるとポンコツになる癖を直したほうがいいと思った。


 「あの、仕事が終わったので提出しに来たんですけど……お二人は何を」

 「あ、えと、その……」


 ようやく事態を飲み込んだらしい会長は顔を真っ赤にさせると……。


 「ふ、ふぐううううううう! く、苦しいです!」

 「ごごご、ごめんね!? でもアタシ、なんでこんなことしてるのか分からない!」


 会長は右京に袈裟固めを決行していた。

 助けを求めるような目で見つめてくる右京から俺はそっと目を逸らした。



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 伏見ダイヤモンド

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