第31話

「いやぁ…やれやれ…」


 皺がれた様な、おじいさんの声でそれは話した。子供程度の身の丈に大きなローブを被り、顔はフードで見えない。それなのに、フードの開いたところから何か、触手のようなものが見え隠れしている。

 見た瞬間、顔が全部触手でできてるような、そんな想像をして鳥肌がたった。もしそうならどこから声を出してるんだろう…。


 ローブから見える手と足先は街灯の光に晒されている。目に入るそれは人とは思えない濃い緑色の肌に皺のよった三本の指。その先からは異常に長い爪が見え、足もまた体躯に対して大きく三俣に分かれて鰭の様になっている。


 どう見たってあのローブの何かは人じゃない。

 なんなんだろう“あれ”は。何かわからない、怖い。


 私は自分を後ろから支えてくれているミシェルさんの腕を強く掴んで、喉を鳴らした。


「テトラさん一人では“二つ名付き”を相手にするのは荷が重かった様ですな…いやはや、儂もまだまだ」


 ローブの何かは残念そうな声を出しているけど、それが本心とはとても思えない。

 それから少しからからと笑って、ケイオスはそれに警戒した顔を見せた。その手から炎を出したままで。


「貴様、やはり“フール・フール”の魔術師だな」

「おぉ、“双炎そうえんかいな”殿は流石に鋭い」


 ローブの何かはまたからからと笑う。それからフードを取ってその中身が見えた時、私は強い恐怖と嫌悪感、それから気持ち悪さに襲われた。

 ローブの中にあったのは想像通り触手まみれの“何か”で、顔らしいパーツは見当たらない。長く尖った耳に皺のよった首筋、毛髪のない頭部。


 なにあれ。と確かに思った。

 “あれ”は人じゃない。“多分生き物”みたいな想定してもできない何か。


「お初にお目にかかります。儂は魔族宗教『フール・フール』、“魔術師”の一人。ググと申します。以後お見知り置きを」


 触手でできた顔のようなものから表情は読み取れないはずなのに、なぜかにやりと笑っているように感じた。それを感じさせる“何か”がまた私の中の恐怖を煽る。


「人の真似事をしている魔族…。噂には聞いていたが、実在するとはな」

「おや? 皆さんにはとっくに伝わってると思いましたがねぇ。魔術陣でたくさん“お話し”したではありませんか」

「…やはり貴様か!」


 ケイオスが声を荒げる。それをわかっていたようにフードの何か…ググと名乗った存在はからからと笑った。


「おやおや、怒らせてしまった様ですな。…足元がお留守になるくらいには」

「!」


 その一言でケイオスが下を見る。彼の両足元、脛の半分ほどが何かに覆われ固められている。ケイオスはググに向き直って相手を睨みつけた。


「儂は土を味方につけるのが得意なのです。ほら、あちらも」


 爪で指されたのは私たちの方だった。私が足元を見ると、バリアの下から土壁の様なものが競り上がってきている。

「!!」


 慌てて上を見上げてもミシェルさんの表情まではわからない。でも彼は何かを呟いていた。

 一方でケイオスはまだ動けないでいる。やっぱり足を固められたら不利だと思う。なんせ身動きが取れないんだから。

 それでもケイオスに諦めたような様子はない。真っ直ぐ相手を見据えて立っている。


「『種子シード』をこちらに引き渡しなさい。さもなくば仲間を失うことになる」

「「!」」


 二人はググの声に固まった。ググの背後、路地の闇からまた一人誰かが出てくる。


「!!」


 そこには二人の女性がいた。

 一人はどこか…そうだ、あれは動物園で見た赤いコートの女性。

 もう一人は、


「うそ…」


 長い蔓のようなものに縛られ、捉えられたカーラさんと思しき女性だった。

 皮のパンツにブーツ、上はサバイバル用で使うようなポケットの多いベストにTシャツと肘と膝にはプロテクターの様なものがついていて靴はインラインスケートのような…。でもあの褐色肌に赤い髪は、見慣れてない格好で確証はなくてもカーラさんと考えるのは容易い。


「カーラさん!」


 ミシェルさんの腕から飛び出して彼女を助けようとするけど、思ってたより彼の拘束は強くて動けない。


「わああ、危ないから動かないで!」

「でもカーラさんが!」

「大丈夫だから!」


 何が大丈夫なんだろう。女の人が捕まってるのに。


「仲間なんでしょ!?」

「だから大丈夫なんだ」


 そう私に話すミシェルさんはどこか諭すようで、でも彼女を信じてる声だった。その言葉に押されて思わず大人しくなる。

 ケイオスを見ても思ったような動揺をしてる素振りはない。本当に大丈夫なの?


「おやおや、冷たいお仲間ですな。引き渡しを拒んでいる様に見える」

「拒んでいるからな」

「…交渉決裂ですか」


 ググが片手の爪をコートの女性の方に向ける。すると女性は空いている片腕をカーラさんの首横に添えると、コートの裾から何本かの蔓を伸ばした。蔓はカーラさんの首に巻きつき、彼女の首を締め上げている。


「やめて!」


 思わず叫んだ。

 私の行動を見たコートの女性が、こちらに顔を向けてニヤリと笑う。


「ならお嬢ちゃんがあたし達と来ればいいのよ。そしたらこの女は助けてあげる」

「私…?」


 何を言っているんだろう。私に何の価値があるっていうの?

 でも、私が向こうに行くだけでカーラさんが助かるなら。


「わかっ…」

「ダメだ」

「どうして!」


 前に出ようとした私をまたミシェルさんが止める。振り向いて何故と叫んでもミシェルさんは首を横に振るばかり。あっちもこっちも意味がわからないよ。みんな私にどうして欲しいの?


「何でって、そりゃ…」

「その必要がないからよ」

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