第29話
「かえちゃん!」
「!」
「かえちゃん! 大丈夫!?」
「瑠衣…?」
「ちょっとどうしたの? トイレから帰ってきたら放心してるんだもん! びっくりしたじゃん!」
え? そんな記憶は無い。
でも瑠衣が帰ってくるまでの記憶もない…。
見渡すと、机の上には瑠衣が注文したと思しき飲み物や軽食が並んでいる。一体いつの間に?
「あ…ごめん」
「大丈夫? どこか調子悪い?」
「それは平気…おかしいな、昨日なかなか寝れなかったからかな?」
本当におかしい。確かに昨日は寝れなかったけど、こんなに記憶までないなんて…まさか本当に寝ちゃってたのかな? でもそれだと放心してたって部分につながらない。よくわからないな。
「平気なら良いけど…」
「うん、ありがと。ほら冷める前に食べよう?」
「う、うん…」
何があったかわからないけど、体に変な部分もないし気にしても仕方ないかも。
「それにしてもここの店員香水強すぎ。薔薇の香りにしたってこんなに濃かったらくっさい! 後で文句言ってやる!」
「…そう?」
確かに強い薔薇の香りはするけど、そんな鼻が曲がるほどではない。
「え〜? かえちゃん変わってるね」
「そうかなぁ?」
「絶対そうだよ〜、エアコンつけていい? 臭い追い出したい」
「いいよ、大丈夫」
良い匂いだと思うんだけどな。
でも、この香りはどこかで嗅いだことがあるような…?
なんだろう、何かを忘れてる気がする。
「…で、あのイケメンに返事するんだっけ?」
私はその言葉に再びはっとした。その言葉を発した瑠衣は、なんとも不服な顔でフライドポテトを齧っている。
「あ、う、うん」
私の返事に瑠衣は眉間の皺をさらに寄せ「あ〜〜〜〜いやだ〜〜〜〜」と足をばたつかせた。
「かえちゃんの恋は応援したいけどうちと遊んでくれなくなる〜〜〜っ」
「そんなことないよ」
「わかんないじゃん。あのイケメン独占欲強そうだし」
「そうかなぁ?」
ケイオスは年下とは思えない大人さだけどな?
瑠衣の目にはどう映ってるんだろう。
「とにかくいやだよぉ〜〜〜〜。あのイケメン気に入らない〜〜〜〜」
「瑠衣のそれはどういう気に食わないなの?」
「かえちゃんと相性良さそうなところ」
「……それは良いことじゃない?」
私が少しむくれると瑠衣はすぐに「ごめんよぉ〜〜」と泣きついてきた。喜怒哀楽の激しい子だなぁ。
「はぁ…まぁうちが気に入らないかどうかじゃないのはわかってるよ。かえちゃんはなんて返事したいの?」
「それは勿論…『私も好きです』って」
「そのまま言えば良くない?」
それはわかるんだけど、なんていうか…。
「告白された時、あんまムードとかない感じだったから雰囲気良くしたいっていうかさ…」
「ムードないってどういうこと?」
不思議そうな瑠衣に昨日あったことを改めて話す。すると瑠衣は“信じられない”と言いたそうに眉間に皺を寄せてまた嫌悪感を露わにした。
「しんっじらんない! 廊下って何!? 最低! 馬鹿! あんぽんたん!」
「そ、そこまで言わなくても…」
「言わないでいられないんだけど! かえちゃんマジでそんな男の何がいいの!?」
そう問われて顔を赤くする。
ど、どこが好き、かぁ…。
「や、優しくて安心感があるところ…」
「いや今中身訊いてないから」
呆れ声で瑠衣は返す。
な、なによう。どこが好きなのって言ってきたのそっちなのに…。
「はぁ…まぁいいや。あいついつか絶対蹴り飛ばしてやる」
瑠衣は苛立ちどころか怒りを前に出している。私はそれに苦笑いで返すにとどめた。
「にしてもムードのある告白かぁ。うちだったらこう、伝説の木の下で…みたいなのがいいな」
「ふむ…」
妄想に目を輝かせる瑠衣を見て少し考える。
そういうことなら景色のいいところがいいな。この時期ならひまわり畑とか。
「でもあんまり考えすぎても良くないんじゃない? よく言うじゃん『何を食べるかじゃなくて誰と食べるか』みたいな」
「そうかな? …そうかも」
そう言って私は小さく笑う。
確かに考えてばかりでは始まらない。いい雰囲気で告白できるかはともかくとして、伝えなければ伝わりもしないんだから。
「ありがと、瑠衣」
「何が?」
「いつも相談乗ってくれるから」
「そんなの当たり前じゃん。かえちゃんだってうちが困ってたら助けてくれるもん」
二人で小さく笑い合う。
いつだって私たちは大親友なんだから。
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