第22話
「忘れていた、ケーキを買ったんだ。食べないか」
「ケーキ?」
「いつも世話になってる礼だと思って欲しい。いくつか買ってきたから好きに食べてくれ」
二人で食卓まで移動すると、彼が紙の箱を開ける。中には四つほどの種類の違うケーキが入っていた。
「楓が何が好きかわからなくて、おすすめと言われたものを買ってしまったが…苦手なものはあっただろうか?」
「食べ物の好き嫌いはないんだけど…」
どうして急に? とは思ってしまう。多分彼なりに気を遣ってくれているんだろうとはわかるので口にはしないけど。
「ケイオスは食べないの?」
「甘いものは多少なら食べられるが、楓に買ってきたものだから気にしないでいい」
なんだかそれも味気ないな。
ケーキがいくつあっても、何を食べるかではなく誰と食べるかって部分はあると、この生活で学んだ身としては余計に。
「一人じゃ寂しいから一緒に食べよう?」
「しかし…」
「ここのお菓子好きだから嬉しい、ありがとう。だから、ケイオスにも知って欲しいんだ」
「…わかった」
ケイオスの顔が何故か赤くて少し気になったけど…一旦置いといて紅茶を淹れに行くことにした。今日はホットが良さそう、なんて考えつつ台所に向かう。
紅茶の用意ができて小皿やフォークと共に食卓に向かうと、ケイオスが席に着いていた。
「すまない、何か手伝えばよかったか」
「ううん、大したことないから大丈夫だよ」
紅茶を置いてケーキを分配する。ケーキはいちごのムースにチーズケーキ、ガトーショコラとショートケーキっぽい。なら甘そうなムースとショートケーキをもらって残りはケイオスにあげよう。
テキパキとケーキを分けて食卓に置き直す。するとケイオスが「こんなにもらうわけには」と言うので「流石に三つも食べきれないよ」と返しておいた。これで遠慮なく食べれるはず。三つも食べきれないのは本当だけど。
「んー! おいしっ!」
ケイオスがケーキを買ってきてくれたお店は、大学の最寄り駅付近にある小さな個人店。一見少し高いけどその分大きくて食べ応えがある良いお店。
目の前のケイオスを見ると、やや申し訳なさそうにケーキに手をつけて、それから口に含んだそれを気に入ったのか嬉しそうな空気を纏っていた。こういうところ、弟って感じがする。“異性”というよりは“家族”みたいな。それだけが彼の良いところじゃないんだけど、年下だからそう思うのかな?
ケイオスはケーキを気に入ったのかなかなかのペースで食べ進めている。その子供っぽさとは裏腹に、見た目は大変美しい男性だと思うとギャップのようなものを感じた。
「気に入ったの?」
「あ、いや」
「素直に言っていいと思うけどな。今時甘いもの好きな男の人なんて珍しくないしね」
「…そういうものか?」
「そう思うよ?」
少し複雑そうに照れる彼を見ながら、アルバイトで大学にいると前に一緒に行った時みたいにモテるんだろうなぁ…なんてつい考える。改めてあの時の人だかりはすごかったな…。
確かに背高いし、切長の目元から見える銀の瞳は綺麗だし、鼻筋も通ってて顎もスマートで頭も小さいけど、性格だって物静かで真面目で優しいけど!
ケイオスのいろんな一面を知ってるのは私だけだって思うともやもやする。あんな見た目だけで惹かれるようなよく知りもしない女の人たちよりよっぽど私の方が彼を好きな、はず!
…そうわかっていてもやっぱりもやもやする。
この気持ちを大事にしようって思ったけど、誰かに取られちゃうくらいなら先に告白しちゃった方がいいのかな?
そう思ってむすっとケーキを頬張っていると不意に彼と目が合った。その瞬間時折見ては見ぬふりをしていた彼の、美しさのようなものが溢れて見えて一瞬視界を疑う。
慌てたようにさっと目を逸らした。これは我ながら浮かれているのだと深呼吸を繰り返す。もう一度彼の顔を見ると先程のような煌めきは息を顰めていたので安心する。
どうしようこの気持ち、この浮かれ具合、思ったよりやばいかもしれない。
「どうしたんだ? 楓」
「え!? ど、どうもしないよ!?」
「…? 急に挙動不審だ」
「そうかなぁ!? いつも通りだよ!」
時折ケイオスをこう…やらしい目みたいなもので見ていたことを思い出してしまったら会話ができなくなった。さっきまで輝いて見えてたし。
「ケーキが足りなかったか?」
「それだけは大丈夫。お腹いっぱい」
「そ、そうか…」
よし、話題が変わって一旦冷静になれた。お腹いっぱいなのは本当だけど。晩御飯食べれるかな?
「俺の顔を見たり目を逸らしたり…何かついているか?」
「あ、いやそういうのじゃなくて!」
言えない。急に“好きなったからです”とは言えないよ!
「楓と目が合うのは嬉しいが、なにか気になるなら言ってほしい」
「う!?」
嬉しいって言った?
今嬉しいって言ったよね!?
ちょっとだけ浮かれていい?
「?」
「えっと…うん、ちょっと待って…」
不思議そうな相手の顔を見て、深呼吸をもう一度した。いけないいけない、取り乱しては。向こうにとって私は家族なんだから。
「本当に何かおかしいことがあるとかではないの。ただなんか…うまいお礼が思いつかなくて」
なんとまぁこじつけたような言い訳だろうか、我ながら。
「お礼なんていい。むしろ俺が普段世話になっている礼をしているんだ」
「気持ちには気持ちを…じゃないけど、嬉しかったのは本当だから」
「そう言ってもらえるので十分だ」
ちょっと無理やりかなって思ったけどなんとか誤魔化せたっぽい…。よかった…。
確かに普段の私はもっとこう、大人しいというか地味な人間だしな…そうでなくても急に挙動不審になったりしたら怖いよね。
「さ、さて、食べ切ったし私はお風呂入ろうかな!」
やや視線を逸らしたままケーキを盛っていた皿を片付ける。片付けを手伝ってくれたケイオスが私の後ろから腕を伸ばして流しの中にコップを置いたとき、ふわりと彼の香りがして胸が鳴った。
「…」
その場で動けなくなる。どうしよう心臓がドキドキする。おかしい、私がさっき自覚した“好き”はこんな形じゃなかったはずなのに!
もっとこう温かくて、穏やかで、優しい“好き”だったはずなのに、どうしてこんなに心臓がうるさいの!?
「楓?」
「ひゃあ!?」
「!?」
かけられた声に驚いて変な声が出た。反射的に振り向くとケイオスが驚いた顔で私を見ている。
「どうした…? そんなに驚くようなことだっただろうか」
「えっ、あ、いや…ちょっと考え事しちゃって!」
また笑って誤魔化す。おかしい、これじゃまた挙動不審だよ。
「立ったまま考え事をするのはおすすめしないが…何か相談に乗れることか?」
「えっと…もう答えは出たから大丈夫だよ!」
「そうなのか? ならいいが…」
「あっそうだ私お風呂行かなきゃ! ごめんケイオス、晩御飯は作るからね!」
「待て、楓!」
半ば無理やりその場から逃げた。今の私にはこの選択肢しか残ってないような気がして…。
だって、流しの目の前で! あんなに距離が近くて! 心臓うるさいの伝わりそうだったから!
仕方ないかなって!
「もうダメかもしれない…」
爆音の心臓を抱えたまま洗面所のドアを閉めてそのままへたり込む。体全部が心臓になったみたいだし震えてるしおかしいよこんなの。
“前”の時はこんなことなかったのに。
違いすぎて体も心もついていけないよ…。
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