第18話

そんな中、ケイオスがふとため息をついた。彼があからさまなため息をつくのは珍しく、二人は何事かと彼をみる。


「な、なんだ」


 二人の視線にケイオスはやや動揺した反応を見せた。二人はそれでもどこか静かに驚きが残る声音で返す。


「ケイオスがため息なんて、明日は雨かと思って…」

「何かあったの?」

「ミシェル、お前俺なら何を言ってもいいと思うなよ」


 とは返しつつも、カーラの問いに対してケイオスは答えるのを拒んだ。


「任務には関係ない。答える必要はない」

「あらそうかしら? どこにヒントが隠れてるかなんてわからないわよ?」

「う…」


 渋い顔で答えを詰まらせるケイオス。そこにカーラは「ほら言っちゃいなさい」とさらに言葉を乗せる。ケイオスはしばし悩むように渋い顔に拍車をかけた後で、嫌々口を開いた。


「さ、最近…楓に避けられている気がするんだ」


「ぶほっ」

「ぶふっ」


 思い悩む表情のケイオスに対して、二人は思わぬことに吹き出した。ミシェルに至っては堪えきれず腹を抱えて笑ってしまっている。


「ぶははははっ、女子か!」

「ふ、ふふ…」

「…こうなるから言いたくなかったんだ」


 二人はひとしきり笑った後、激しく眉間に皺を寄せるケイオスに謝りつつもまだ名残を耐えきれずに時折噴き出す。それがなぜかと言われると。


「好きな女の子に避けられて落ち込むエリート傭兵…ふふ…っ」

「ふっ、ふふっ…どうしたのよ? 何かあったの?」


 彼がその思いを認知してすぐ、二人はとっくにケイオスが楓に抱いている気持ちに対して気づいている。というかケイオスが隠しきれていない、というのが正しいのだが。少し前を境にケイオスがわかりやすく態度に出るようになって以来、時折それをいじり倒しながら近況を聞くのがカーラとミシェルにとっては一つ話の種になっているが、当然ケイオスにとっては歓迎できるものでもない。


「…」

「ごめんって! ちゃんと聞くから」

「向こうじゃ女に困りようのないケイオスが…ふはっ」


 本気で怒りを抱えた表情のケイオスに対して、二人は未だ楽しそうだ。しかし話をすればちゃんと聞いてくれるのも二人なのでケイオスは諦めたように口を開く。


「この間、うっかり裸をみられてしまってから楓が変なんだ。俺は見苦しかっただろうか」


 そう話すケイオスの表情は悲しみを抱えている。しかし己の体に自信があるような発言であるとも取れるがそれはどちらなのか。

 しかしケイオスは“向こう”にいた頃より明らかに変わっているのがわかる。ミシェルからすればケイオスがこんなにも表情豊かになったのも楓がきっかけだと考えれば、いい傾向にあると感じた。対してカーラは少し色めきたった表情を見せる。


「あら、よかったじゃない意識してもらえてて」

「そうか…?」

「そっかそっかぁ、やっぱり『弟みたい』は無理があるわよねぇ」

「なっ…そんなことを言っていたのか!?」


 ミシェルは二人の会話を聞き流しながら“よく考えたらうっかり裸を見られる状況”ってなんだろう、と思うも空気を読んで口を噤んだ。揶揄うのもバランスが大事だと彼はわかっている。それでも若干羨ましいような、いや、逆だったら最高だな。などと考えていた。

 一方カーラは楽しむようにまたにんまりと笑う。


「この間悩める後輩くんの恋を応援しようと思ってちょっときいてみたのよ。でもま、聞いてる限りじゃ心配なさそうね」


 カーラはそう言うが、当のケイオスは「お、弟…」とショックを隠せないでいる。そこにミシェルが彼の肩を抱いた。


「元気出せって。僕と一緒に独身を謳歌しようぜ?」

「お前と一緒にするな」

「…お前も僕にだったら何言ってもいいと思うなよ?」


 冷たい無表情を向けるケイオスに対して、ミシェルは少し泣きそうになって空を仰ぐ。その隙にケイオスはミシェルに抱かれた肩を外してしれっと離れて行った。


「しかし、楓は男と必要以上に接触するのが難しいだろう」


 思い詰めたようなケイオスにカーラは「そうねぇ…」と一つ呟く。


「“あの時”は完全に向こうが上回ってた。私たちは何もしてあげられなかったわ」

「…」

「でも好きなんでしょ?」

「あぁ」

「じゃあ弱気になったら意味ないわ!」


 その言葉と共にカーラが思い切りケイオスの背中を叩く。ケイオスはそれにややむせるも、何かが吹っ切れたような気がした。


「…そうだな」


 彼の思いは顔に出る。しかしその背後には話に興味を失ったミシェルの姿があった。


「僕お腹すいたから帰っていい?」

「…お前な」


 少し何かが見えてきそうな希望ある雰囲気が叩き壊される。ケイオスはその当人を強く睨みつけたが、ミシェルもまたそれに発言の自由を主張するような雰囲気で睨み返した。


「僕の精一杯の励ましを無碍にしたケイオスなんて知らないね! フラれてしまえ!」

「ミシェル貴様!」

「ちょっと暴れないでよご近所さんが出てきたらどうするの!」


 時間としてはめっきり夜である。いい大人が暴れていい時間ではない。しかしカーラの仲裁も虚しくしばらく言い争いは続いた。

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