第17話
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いい加減このイタチごっこはどうにかならんのか、と夜の闇にケイオスは呟いた。
それを聴いたカーラは駄々を捏ねるなと諌めたが、ミシェルはそれにも苦言を呈する。
「いや、ケイオスの言葉は正しい。実際おかしいんだよ」
カーラは自分の不甲斐なさを庇って先ほどケイオスを諌めてくれたんだろうとミシェルは感じていたが、しかし己の不甲斐なさを庇われて良い気もしない。
「これだけ時間があって敵の拠点一つ絞れてないなんてありえない。それくらい痕跡が“無さすぎる”んだ」
「「…」」
己の力量不足によって敵の巧妙な痕跡隠しに対抗できない現状にミシェルは強い焦りを感じていた。自分の専門は確かに解呪や追跡ではなく魔道具の製作であるとはいえ、これでも多岐にわたって技術を研究しサポートととして力をつけてきたつもりだと思うと、彼の焦りはまたひとしおである。
「敵の陣には六芒星が使われてる。僕とカーラが以前遭遇した影から考えても魔族なのは確かだ」
「そうね、そうそうメンツを変えたりはしないだろうしそこは変わってないと思うわ」
ミシェルは今しがた“上書き”した魔術陣の消えて行った場所を眺めていた。景色に馴染んで消えていったそれは、明らかにこちらを試すような感覚で徐々に複雑さを増している。
「向こうの手の内はわからないまま、こちらの手の内だけ明かそうとしてるみたいで不気味だし、何よりここまで陣以外のアクションが無いのはどう考えたっておかしいって二人も気づいてるだろ?」
「奴らは魔國に近い環境の悪い場所を好むだろう。案外近所の下水道にでも居るんじゃないか?」
ケイオスの何気ない言葉に、ミシェルはすぐ表情を変えた。実際に行動はしないが、掴みかかるような勢いで。
「ヴァーヴァレドとは文明レベルが違うんだぞ!? この国の下水道は広大だからそれこそ痕跡が頼りだし、その上調べてみればこっちの下水道は向こうよりよっぽど綺麗だしで、本当に根城にしてるか怪しいくらいだ」
安易なケイオスの言葉に呆れた顔をしたミシェルは「これだから脳筋は…」と呟いた。その言葉に目蓋を切りかかった喧嘩を再びカーラが止める。
「でもただ言ってたってしょうがないじゃない。目標の安全のためにも根本から解決してしまわなきゃ」
カーラの発言に図星を突かれたのだろう。ミシェルは大きなため息をつきながらふらりと歩き出し、二人はそれに続いた。
「困ったなぁ…」
「何か見落としてるとか?」
「自分でできることは全部やったと思うんだけどなぁ」
「パトリックに訊いてみたらどうだ」
その名前を聞いた瞬間、ミシェルは体を大きく跳ねさせる。そしてまた大きくため息をついた。
「師匠には頼りたくないよぉ…またいじめられる」
「自分が不甲斐ないと思うなら仕方ないだろ」
「パトリックさんってそんなにキツい人だっけ?」
話しながら歩いていれば次の魔術陣の場所に到着する。ここしばらく同じ作業が習慣化してしまったミシェルはとうとう話しながらでも作業が行えるようになってしまっていて、もはや片手間のように彼は敵の魔術陣を解除していく。
「いい人だし尊敬してるけど…ただ僕をいじめるのが好きなんだ、あの人は」
「嫌われてるの?」
「違うって思いたいけど、あんまり真意を読ませない人だからなぁ」
自信はないよ、とミシェルは続ける。今日カーラたちが三人で纏まって行動しているのは、これだけの期間何もしてこない敵に対して行動があるかもしれないと言う“試し”的なものが大きい。護衛対象である楓の家にはケイオスが彼女の知らないうちに仕掛けたトラップや発信機、警報器などがあるが、その上で彼女から離れることで敵の出方を伺っている。そして三人で行動し、周囲の警戒をあえてしないことで気が抜けたような素振りを見せているつもりである。
三人の総意としてこのような囮はしたくないのだが、それでもこのじりじりとした期間を何もしないというわけにもいかないというのも事実であり、苦渋の決断となった。
魔術陣の上書きが終わると、三人で帰路に着くこととなったので全員がマンションへ歩き出す。その中でケイオスは煮え切らないような顔をした。
「緊急事態なのは変わらない。パトリックの力も必要だ」
「わかってるよ。今日帰ったら連絡してみる」
「流石にそれは必須ね…正直こちらから仕掛けて終わらせたいのが本音だわ」
カーラはこの先について考えている。本当にパトリックの手によって敵の居場所が割れた場合などを含め、手立てを考えなくてはならない。
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