第13話
***
そこからは残っていた動物園のエリアを一通り回って、園内の観覧車に乗った。高い観覧車の中からは動物園が一望できてとてもいい眺めだったから、最後に思い出ができたと思う。
途中餌やり体験や遊園地エリアにも行っていたので結局閉園のアナウンスが流れるまで一日二人で遊び尽くした。
レストランを出てからは体調が崩れることもなかったし、変な幽霊みたいなのも見なかったので平和に退場口を出ることができて胸を撫で下ろす。
「んーっ! 遊んだなーっ」
夕日に向かって思いっきり伸びをすると、横にいたケイオスが穏やかな顔で私を見ていた。子供を見守るようなその視線に少しむくれる。
「何よ。子供っぽいって思ってるでしょ」
「そんなことはない。楓が楽しかったなら何よりだ」
「それを子供っぽいっていう目で見てるっていうの!」
「そう思うからそう感じるんじゃないか?」
なんかムカつく。自分の方が年下のくせに!
自分だってあんなに楽しそうだったくせに!
私がむくれてよそを向くと、今度は小さな笑い声が聞こえた。それにまた怒ると、彼は笑いを堪えきれない様子で謝ってくる。
「もう、私は真面目に怒ってるよ」
「そうだな、すまなかった。ほら今日はもう帰ろう」
夕焼けの照らす出入り口から歩き出して、今日の感想なんかを言いながら駅に向かう。
その時少しだけケイオスの前に出て笑って見せると、彼がきょとんとした顔でこちらを見ているのがわかった。
「どうしたの? 大丈夫?」
「…っあ、いや…大丈夫だ」
「本当に?」
「気にしないでくれ」
そう言うケイオスの顔は、夕日のせいか少しだけ赤く見えて、最後の最後に少しだけ調子が狂った感じがする。
でもそこに強い満足感があったから、そのせいか私はふと、歩きながら考えてしまった。
過去、自分としては辛い経験をしているのを思い出したから余計に。
ケイオスがきた時、瑠衣が警戒したのも本当は無理のないこと。変わりたいと髪を切った今でさえ、うまくあの事と向き合えてるとは思えない。
今考えてもそんな私がケイオスを拾ってきたのは不思議なことで…だけど悪い選択だったとも思わないから、変わっていく感情に混乱が残っていた。
ケイオスはいつも私から一線引いたような接し方をする。わざとらしく急に近づくことはないし、必ず確認を取ってから行動する。
あの話し方も最初は警戒したけど、今となっては慣れもあるし少し距離があるようで安心していて、正直その安心感にコンプレックスみたいなものを感じていた。
今の距離はとても心地いいのにこのままでは何かが駄目になってしまうような、自分を良くない意味で甘やかしているような、そんな考えが浮かんでくるから。
ケイオスはただの居候なのにどうしてそんなことを感じるのかまではわからない。もしかしたら、私の中にある“変わりたい”って気持ちがそう思わせるのかも。
もしくは、ケイオス・アルカマギアっていう一人の男性が、私の中で馴染みのない男の人だからかもしれない。男の人なんてお父さんと昔付き合ってた人しかわからないけど。
昔付き合ってたあの人は、明るくて人懐っこくて太陽みたいで、私がいないと駄目な人だったのに。
ケイオスは静かで落ち着いてて、私との距離をいつも測ってくれる…きっと私がいなくても生きていける人。
私のそばにいないのが心地いいのに、離れていってほしくないような…不思議な気持ちが自然と生まれる。でも男の人だと思うと怖くて、初めての時以来手を差し伸べたりして触れ合うこともできないでいるから、むしろどうしてあの時できたのかわからない。
まだずっと短い時間しかいないのに、互いの表面しか知り得ていないのに、どうしてこんなに心が揺れるんだろう。何が私にそう思わせて、私は彼に何を求めているの?
それだけ心が散らかっても思うのは、この戸惑いに答えを出して動き出したいということ。それができれば私は、やっとなにか変われる気がするから。
そんなことを考えながら、今日もケイオスの隣を少しだけ離れて歩く。まだ測りかねる距離感に重ねて。
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