第12話


 ***

 

「少し早いけどお昼にする? 混む前に行っちゃいたいし」

「そうしよう。俺も腹が減った」

「じゃあレストラン行こうよ。テラス席があるんだって」


 なんて話をしたのでレストランに向かうことになったけど、でもこの季節にテラス席は流石に暑いか…と移動中に断念した。その代わり窓際の席を取って昼食にする。

 それぞれ注文したものが届いたあたりで、ケイオスがふとくちをひらくと、


「楓は動物に詳しいんだな」


 なんて急に飛び込んできた。

 ケイオスは天重を食べつつ、私はロコモコプレートを食べつつ…。ちなみに天重には虎を形どった海苔が乗っていたので、彼は余程虎が気に入ったとみえる。


「詳しくはないよ。図鑑程度の知識だし」

「どの生き物も楓が説明してくれた。おかげで理解が早く助かったからな」

「それはよかった」

「動物園は初めて来たので知らない生き物が多かったが…家族連れや恋人同士のような者が多い印象だ」

「まぁ、そういうところだよ。動物好きな子ってやっぱ一定数いるし、っていうか」


 そういえば、なんてどうでも良いことを考えた。


「はたからみたら私たちもカップルじゃない?」

「…そういうものか?」

「そういうものだよ」


 まぁ実際そんな甘酸っぱい関係でもないけど。私にはまだ、その関係を背負うには重たい。


「自分からみた他人だって、どんな人かわからないじゃない。どんなに仲が良くても知らない一面があったりね」

「それは、そうかもしれないな」

「でしょ? だから他人から見た他人なんてわからないよ」

「…そうだな」


 そう言ってケイオスは優しく、少しだけ寂しそうに笑った。私はそれに笑い返して、「冷める前に食べよう」と促す。

 そんなどうでもいいことより、私は今を楽しみたい。

 

 ***

 

「すまない、手洗いに行ってくる」

「いいよ、行ってらっしゃい」


 そう言ってケイオスが席を立った。待ち時間に外を眺めていると、異様なものが目に入る。


「…?」


 それは、この季節にはありえない厚手のコートに身を包んだ長髪の女性。真っ赤なコートにブーツとサングラス、さらにつば広の帽子という異様なその姿は明らかにこの場所にも季節にも浮いているのに、誰も気にした様子がない。どうしてなんだろう。


 女性は明らかにこちらを見ている。世界から浮いたようなその姿で。サングラス越しで本当はどこを見てるかなんてわからないはずなのに、確かに私を見ていると感じた。


「…っ」


 ごくり、と唾を飲む。おかしいとわかっているのに彼女から目が離せない。人が女性の前を通り過ぎても確かにそれは居て、むしろその度こちらに近づいてるように感じて、少しずつ息が詰まる。


「あ…」


 苦しい、苦しい。

 呼吸がうまくできない。

 このままじゃ、私、あの人に、


「楓?」

「!」


 かけられた声に反射的に振り向く。

 その視線の先にはケイオスがいた。


「けい、おす…?」

「大丈夫か? 顔色が悪い」


 荒い息のまま窓の外を見直す。そこにもうあの女性の姿はなくて、私の目にはなんでもない景色が映っていた。


「…えと、ごめん。なんでもない」

「汗もひどい。どうあっても普通ではない」

「あ…脱水症状かも、少し気持ち悪いし」


 慌てて視線を逸らし誤魔化す。だってあんな、あんな幽霊みたいなの、信じてもらえるはずないよ。でもあれはなんだったんだろう。

 ケイオスは私の様子を見てもう一つ何か言いかけたけど、悩んだように口を閉ざして一先ず席に座り直した。


「体調が悪いなら帰るべきだ。無理はしないほうがいい」

「だ、大丈夫だよ。暑かったから熱に当てられただけだし。でももう少し休もうかな」

「本当に大丈夫か?」

「大丈夫。心配してくれてありがとう」


 それ以上追求されないように店員さんに声をかけて水のおかわりを頼む。それから店内が混んでくるまでその場で休んでからレストランを出た。

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