第11話
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ケイオスって不思議だと思う。
見た目はあんなにかっこいいのに女の人の影がないし、あの見た目で十八歳だって言うし、何よりテレビもパソコンもスマホも知らなかった上、親戚の話を聞いても幼い頃に亡くなってしまったらしいと言ってて、結局詳しくは聞けなかった。
この間ケイオスが「使い方を教えてほしい」と言ってスマホを持ってきた時は本当に驚いたのを昨日のように思い出す。仕事先で貰ったって言ってたけど…。
確かにケイオスは真面目で優しくてちょっと硬いところがあって、背は高いし見た目も含めて良い男ってやつだと思うけど…実際は何から何まで謎に包まれている。
そんな彼は今、テレビのワイドショーに釘付けになっていた。大きな動物園に新しい生き物が来たと話題になっていて、それを子供のように目を輝かせて食い入るように見ている。ノートパソコンでレポートを進めながらそれを横目に見ていると、もしかして…なんて疑問が浮かび上がってそれはそのまま口に出た。
「…動物園、行ったことないの?」
なんて言うと、ケイオスはあからさまに照れて慌てて、それから静かに認めた。子供っぽいとでも思ったのかな。まぁ私も行ったことないけど。
「行ってみる? 明日でよければだけど」
「良いのか?」
「うん、パソコンばっかりじゃ疲れちゃうし。明日お仕事あったりする?」
「いや、ない」
彼が首を振ったので決まり。明日は動物園に行くことになった。早速レポートを進めていたアプリを閉じてインターネットを開き、一番近くの動物園を検索する。経路と料金を確認して中にある施設も軽く確認すると、レストランや軽食屋さんを見かけた。これなら午前中から行っても手軽にご飯が食べられそう。
それからソファに座るケイオスの横に腰掛けて明日の予定を決めた。今から楽しみだな。
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「ケイオス! こっち!」
ゆっくりと歩く彼の方に振り向いて、少し急ぎ足で園内を歩き出す。流石に走るなんて子供みたいなことはしないけど、初めての場所に胸が躍った。
「楓、そんなにはしゃがなくても見れる」
「わかってるよ。でも早く見ないと混んじゃうかもしれないでしょ?」
「確かにそうだな…何から見ようか」
ケイオスが入り口にあったパンフレットを開く。私もそれを覗き込んで行きたい場所を指さした。
「近いし鳥のいるエリアはどうかな」
「なるほど、良いかもしれない」
「じゃあ決まりね!」
二人で鳥のいるエリアに向かうと、そこには大きな大きな鳥籠の内側に擬似的な森が作られていたので二人して驚く。中に入ると数種類の鳥が木の枝に止まったり地面を歩いたりとエリア内で自由に過ごしていた。どれも人に驚く様子はなくて、マイペースに過ごしているのが伝わってくる。
「見たことのない鳥ばかりだ」
「海外の鳥が多いからかな? 私も知らない鳥ばっかりだ」
「あの鳥なんか嘴が大きくて面白い」
ケイオスが少し遠くの木を指差す。そこには体と同じくらい大きな嘴の鳥がその嘴で体を掻いていた。
「あ、本当だ。パネルに書いてあるよ。オオハシ? だって」
「…変わった名前だな」
「…居そうだよね『オオハシ』さん」
***
「おぉ、これが虎…」
「やっぱ迫力あるね…」
分厚いガラス張りの向こうに居る虎は、先ほどの鳥たち同様に呑気に過ごしている。それでも、その大きさや恐ろしさが変わるわけじゃない。
どうやら昨日テレビでやっていた“新しい動物”というのはホワイトタイガーのことだったみたいで、この動物園にはいないと説明したら一瞬だけ落ち込んでたけど、「色が違うだけで同じ生き物だよ」と説明したら静かに喜んでいた。
そういうとこ、静かな態度の割には喜んでるというか、感情が滲み出てるというか…抑えきれてないところは年下っぽいな、なんて感じてしまう。男の人なのに可愛いというか、なんというか…。
「楓、本当に虎は強いのか?」
「強いんじゃないかなぁ。飼育員さん食べちゃったとかって噂はあるよ。人間食べられるくらい強い爪と顎を持ってるってことだよね」
「おお…!」
やっぱり感情隠しきれてないなぁ。ただでさえ輝かしい印象の銀の瞳がさらに輝いて見える。
「一見大人しいように見えるけど、実際いつ人を襲うかわからないからこうやって分厚いガラスの向こうにいると思うと…実感するよね、人間は野生と仲良くできるとは限らないっていうかさ」
「…そうだな」
何気なく振った話題だったけど、思いの外悲しげな反応が返ってきた。ちょっと予想外。
「もしかして虎に触ってみたかったの?」
「あ、いや…そうではないんだが」
「?」
そのくらい素直に言っても良いような気がするけどな。
「昔似たようなことがあった。野生と人は仲良くはなれないということが」
「…野良猫かなにか?」
「まぁ、そんなところだ」
珍しく、ケイオスにしては歯切れの悪い返事な気がした。少なくともここまでそんな姿は見てないような。
「…そっか」
何にせよ、人に言いたくないとか、言いづらいことってあるよね。詮索はしない方が良さそう。
「さて、虎は満足した?」
「もう少し良いだろうか。今高い枝に登っているんだ、あの巨体で…」
「はいはい」
君の楽しそうな姿を見るのは嬉しいよ、お姉さんは。
その後ケイオスは五分ほど虎を堪能して、それから移動した。
***
ふらふらと中を歩いていると、少しずつ園内に人が増えてきたな、なんて感じ始める。
日差しの強さが異常なあまりお手洗いに寄らせてもらって日焼け止めを塗り直した。あんまり日に焼けると肌が痛くなる…。
「あ、」
「?」
その中でふと、ある生き物を見かけた。
そういえばパンフレットにも書いてあった。もうそんな奥まで来てたのかと思いつつ、ケイオスの服の袖を引いて目的地に向かう。
「ペンギン!」
比較的低い柵の向こうにはたくさんのペンギンが岩場に立ったり寝そべったり、中にはプールで泳いでたり…かわいい。
「ペンギン?」
「? 知らないの?」
「…あまり覚えのある生き物ではない」
発言に対する反射的な疑問にケイオスは少しぎこちない返事をする。まぁいいか、と思いつつ口を開いた。
「“飛べない鳥”だよ」
「鳥なのに飛べないのか?」
「うん、彼らは海が空なの。海の中を時速二十キロの速さで飛ぶように泳ぐ生き物なんだ」
私の説明に、ケイオスはチラリとペンギンたちを見る。
私もその拍子にパネルを覗くとフンボルトペンギンと書いてあった。ごめんケイオス、フンボルトペンギンは海の中でも時速二十キロは出ないや。でも黙っておこう、フンボルトペンギンについてじゃなくて“ペンギン”の説明しただけだから。私は、悪くない…はず。
「…とてもそんな生き物には見えないが」
「陸のペンギンは遅いからね。でもかわいいでしょ?」
「かわいい…まぁわからなくもない」
よかった、“かわいい”という概念が少しでも通用する人で。
「俺は虎やライオンの方が好みではあるが…女性はこういった生き物が好きなのか?」
「それは人によるよ、私はペンギンが好きってだけ。男の人でもうさぎが好きって人もいるみたいだしね」
「そ、そうなのか…俺とはものの見方が違うのかもしれないな」
「他人ってそういうものだよ」
なんて話している間にもペンギンはかわいいわけで。でも唯一の欠点は臭いかな、魚食だからか魚の生臭い臭いがする。それでもプールに浮かぶ姿は癒されるなぁ。
しかしここで時間を使い過ぎると今度は全部のエリアを回れなくなってしまう。かわいいペンギンには名残惜しいが次に行かないと。
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