第10話


 

 ********

 

 

 ケイオスが付近の公園に着くと、そこには二つの人影がある。一人は赤い髪を襟足の辺りでだんご状にまとめ、褐色の肌と青い目の女性。もう一人は長い金糸の髪を肩辺りで緩くまとめた白肌に紫の目をした青年。

 二人は足音に反応してケイオスを見ると、軽く手を挙げて挨拶をする。


「よう」

「すまん、遅くなった」

「大丈夫、アタシらも今着いたとこよ」


 三人は揃いの石でできたアクセサリーを身につけていた。ケイオスはピアス、女性はイヤリング、青年はネックレスになっている。そこから鑑みれば三人に何かしらの関係があると考えるのは容易いだろう。


「楓ちゃんは?」

「特に問題はない。今日はアイスを買ってくるよう頼まれた」

「お、いいね。僕たちもアイス買って帰ろうよカーラ」

「昨日アタシのプリン食べておいてよく言えるわね? ミシェル」


 調子のいいことを言うミシェルの頬をカーラがつまむ。ミシェルは「頭脳労働なんだから仕方ないだろ」と半泣きで抗議しており、ケイオスは呆れ気味な感情で二人を見ていた。


「そういうのは後でやってくれ。場所はわかっているんだろう?」

「あぁ、そうだそうだ。“お仕事”しないとね」


 三人はある場所に移動し始める。そこは楓の住むマンションの付近にある住宅街に敷かれた一本の道路。ギリギリ街灯に照らされてないそこは見えづらく、半端に光が視界に入るせいで余計暗く感じる。その暗闇の一角を見るようにミシェルが膝を着いた。


「あった、これだね」


 闇に飲まれたアスファルトの一角にミシェルの指が触れる。するとそこには二重の円と六芒星、現代で見られることは無いであろう複雑な文字列で成り立った一つの小さな陣が浮かび上がった。

 陣は女性の手のひら程度の大きさで、赤黒く暗い雰囲気の輝きを静かに主張している。その輝きを確認したミシェルは懐から青い小石を取り出すと陣の上に置いた。


「周り、誰もいないよね?」

「問題ない」

「アタシは周辺見てくるわ」


 カーラが人間とは思えぬ跳躍力でその場を去ると、ケイオスが足先を軽く引きずった場所から煙のようなものが小さく立ち上った。消えた煙からは何かが燃えたような香りが残っている。


「じゃあ、僕は少し動けないから警護よろしく」

「わかっている」


 ミシェルは先ほど陣の上に置いた小石に触れて、何か小さく呟き始める。すると、小石が輝き出し同時に陣が滲み解れるように消えていった。それと同時に小石が砂となって消えていく。


「後はもう一個使って…」


 彼の懐からはもう一つ、先ほどと同じ大きさの小石が出てきた。先ほど陣があった場所に再び小石を置き、そこに触れてからまた一つ何かを呟く。すると今度は二重の円と五芒星、そして不可解な文字で描かれた青白い陣が浮かび上がる。


「よし、終わった」


 陣は数秒輝きを放つと街灯の当たらない影に溶けていった。その様子を見届けてミシェルは立ち上がる。


「やれやれ、鼬ごっこだなこれじゃ。ってカーラは?」

「そろそろ帰ってくるだろう」

「まぁカーラなら心配するだけ無駄か」


 二人は街灯の下でカーラを待ちつつ先ほど陣を刻んだ場所を見る。街灯の光から漏れたその場所は一層闇を思わせ、落とし穴のようにそこに在った。


「最近増えたよ。魔術陣」

「やはり相手に動きは筒抜けか」

「今回のは結界転移だったし、君の存在も勘付いてるかも」


 あの陣には複数の種類が存在し、それぞれで効能が異なる。今塗り替えたのは現実とよく似た別空間に強制転移させる陣のようだ。


「“あの事件”が起きるまでは行動範囲を絞るためのもの、そこから先はマナの質と量に関する計測用、んで最近は転移や捕縛…向こうも行動が具体化してきたね」

「やはりこれ以上俺が楓の元を離れるわけにはいかないようだな」

「君だって絶対彼女の側に居れる訳じゃない。そのためにこうやって小まめに潰し回ってるんだろ。今は小さい陣だからいいけど、大きな陣に繋げられたら対処できないし」

「それは、そうだが…」


 まだ青く結果を急くケイオスをミシェルが抑える。これだからこいつは、とミシェルは少し呆れた。


「お待たせ〜、ってどうしたのよ」

「どっかの青二才と喧嘩になってたとこ」

「誰が青二才だ」

「君以外に誰がいるのか教えて欲しいね」


 帰ってきたカーラが険悪な空気の二人を見て珍しいと考えた。普段なら結果に完璧性を求める傾向があるケイオスをミシェルがやんわり宥める程度のものなのだが、今日ははっきりと喧嘩になりかけている。彼女からみてどちらが癇に障るようなことを言ったのかは知れないが、しかし敵の行動も激しくなりつつある今では普段だらけた雰囲気のミシェルも少し警戒を強めているのかもしれない。


「“絶対こうでなければ”なんて青いやつの考えそのものじゃないか。この世界にもあるだろ『臨機応変』て便利な言葉がさ」

「ミシェル、お前がここまで支えてくれたから今があるのはわかってるつもりだ。しかし楓のそばに居るよう言われたのは俺だぞ」

「君に融通が効くようにカーラやセイドリック様も動いてくれてるんだろ。まだ君は学ぶことが多すぎるんだから…」

「はいはい、こんなところで喧嘩しないの!」


 険悪な空気をカーラが宥める。その言葉に頭が冷えたのか、一度静まった空気を切ったのはケイオスの方だった。


「…すまなかった。少し熱くなってしまったな」

「僕もだ、ごめん。今回の任務は失敗できないと思うと少しピリピリしちゃって」


 ミシェルは自らのスタンスから逸れていると自分に言い聞かせるようにため息をつく。

 確かにこの任務は彼らの世界の命運を握る大事なもの。しかしかと言って仲違いを起こして成り立つものでないのは二人もわかっている。


「もう、二人とも張り詰めすぎ。喧嘩してるくらいならみんなでアイス買いに行きましょ」

「いいの!?」

「…本当甘いもの好きだな、ミシェル」

「その代わり他の陣の処理も済んだらね。まだあるでしょ?」


 カーラの言葉にミシェルは頷く。


「後二か所、計測器に反応が出てる。アイスのためにも急ごう!」

「はいはい」

「しまったな、楓はどのアイスが良いと言っていただろうか」


 雑談をしつつ三人は夜道に消えていく。

 今日できる陣の処理が終わった後、ケイオスは二人とコンビニに来たが結局どのアイスを買うのか忘れてしまい、あやふやな記憶を頼りにアイスを買って後から謝ることになった。

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