第5話


 

 ********

 

 

「あんたがケイオスさん?」


 家に来てくれた瑠衣は私が玄関に招き入れた途端丁寧に靴を脱ぎ揃えたかと思うと、急ぎ足でリビングに向かっていった。慌てて追いかけた私の前でリビングに続くドアを開け、ソファで寛いでいたケイオスの背中に不機嫌な様子で声をかける。


「へぇ、確かにかえちゃんが言うとおりイケメンだね」


 急に知らない声が聞こえたことに驚いたのか、ケイオスはやや挙動不審に振り返ると瑠衣を誰だと言わんばかりに見開いた目で見つめている。


「…確かにケイオスは俺だが、君は?」

「かえちゃんの幼馴染、友達、親友」


 女性の身長でも、流石にソファに座っている相手は見下ろす形になる。金色のサイドテールの毛先が、やや下に視線を向けた顔の横でエアコンの風に吹かれ靡いていた。


 瑠衣はまるで見定めるようにケイオスを見ている。睨みつけるようなその目と予想してない状況に耐えかねたのか、ケイオスはそろりとこちらに要救助の視線を送ってきた。そして私は彼にこのことを伝え忘れていたと己のミスを呪い、発言しない瑠衣の肩を叩く。


「瑠衣、座って話そう…?」

「あ、ごめん。わかった」


 広いソファに瑠衣を誘導して自分もその横に腰掛ける。やや重い沈黙の中、最初に口を開いたのはケイオスを睨み続ける瑠衣。


「自己紹介がまだでしたね、うちは岩動いするぎ瑠衣るい。かえちゃんの幼馴染で大親友。あんたがかえちゃんに近づいていいかはうちが決めるんでよろしく」

「あ、あぁ…ケイオス・アルカマギアだ。よろしく頼む」

「わ、私お茶取ってくるね…」


 とは言いつつ逃げたようなものだ。手早く人数分のお茶を用意して戻るけど…二人の間の重苦しい空気は変わらない。


「はい。二人とも麦茶でよかったよね?」


 静かにコップをソファ前のローテーブルに置くと、二人からはお礼が帰ってきた。それでも空気が変わりそうにはない。瑠衣の隣に座り直すと、長らくケイオスを睨みつけていた瑠衣が口を開く。


「…ケイオスさんって、ここにくる前はどこにいたの?」

「あ、あちこちを転々としていたからどことは言いづらいな…この間までは隣町に住んでいた。住んでいた場所に住めなくなって途方に暮れていたところを楓が拾ってくれたんだ」

「名前外国人なのに日本語上手いね?」

「ハーフなんだ、父方が外国人で」


 瑠衣の警戒した態度にやや気圧されて辿々しい感じではあるけど、ケイオスは詰まることなく質問に答えている。


「ふぅん…」


 瑠衣は納得したような納得してないような、微妙な声をあげる。一応言ってることに矛盾はなさそうとか考えてるのかもしれない。多分だけど。


「なんか怪しいけどなぁ…そのわざとらしい口調とかさ」

「これはずっとこうなんだ。すまない」

「変なの…」


 瑠衣はずっと眉間に皺を寄せてケイオスを見ている。私は二人のやりとりに口を挟めるはずもなく黙って見ていた。


「ここにいるのは一時的で、働き口も探している。だからその、許してもらえないだろうか」


 私そんな話初めて聞いたけどな、なんて考える。昨日の今日なんだから当たり前と言ったらそうだけど…。


「うーん…っていうか、かえちゃんは結局どうなの? 慌てて連絡してきたからうちはきたけどさ」

「私!?」

「…かえちゃんが驚いてたら意味ないじゃん」


 ここまでの二人のやり取りですっかり蚊帳の外な感覚でいてしまった。確かに私が引き金なんだったと少し冷静になる。


「瑠衣のおかげでケイオスのこと見えてきたっていうか、怪しい人じゃなさそうだし少しの間なら…」

「本当に大丈夫?」

「う、うん。大丈夫…だと思う」

「かえちゃんがそう言うならうちは信じるからね?」


 瑠衣の心配してくれる気持ちもわかる。あのことは私の問題だし…。でもこの人だけはそばにいてくれた方がいい気もして、それはケイオスを拾った時の直感みたいなものと同じ。それなら信じてみようと思った。


「はぁ…まぁまだ怪しいけど、今日はここまでにしてあげる」


 そう一度ため息をつく瑠衣。そして彼女は隣に座る私を抱きしめてケイオスをまた睨みつける。


「でもかえちゃんは渡さないから。うちのかえちゃんだから」


 強めに私を抱きしめる瑠衣に、ケイオスはやや困ったような表情で返した。私はその空気を晴らしたくて口を開く。


「ほ、ほら! そうと決まったらケイオスの必要なものを買いに行かなきゃ。今日はありがとう瑠衣」

「うちもついてく!」

「いいけど…つまんないよ?」

「こいつと二人になんてさせないから!」


 そう言ってケイオスを鋭く指差す瑠衣の態度からして譲りそうになかったので、こっちが諦めて三人で買い出しに行くことになり、彼女は帰るギリギリまで私と手を繋いで絶対に二人になんてさせないという意思を貫き通し最後には「危ない目に遭ったらうちが股間蹴っ飛ばしに行くからね!」と強めの言葉を残していって帰っていった。

 相変わらず瑠衣は強い。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る