第6話


 

 ********

 

 

 瑠衣が家に来てから数日が経った。ケイオスは雑誌の求人欄を覗き込むように見ていて、私はその姿を見ながらお菓子を食べている。そしてふと思った。


「ケイオスって、いつまでうちに居るつもりとか決まってるの?」


 私の何気ない問いに彼は雑誌から視線を逸らして「そうだな…」と少し考える。


「長くても一年程度だろうか。稼ぎのいい仕事が見つかればその分早くなるだろうし、この家に家賃も入れたい」

「家賃なんてそんな、気なんかつかわなくてもいいよ!?」


 そもそも両親から来ている生活費だって持て余して貯金してるくらいなのに。申し訳なさが上回る。


「いいやだめだ。恩義は返したいし、自分がやっていることを安くみるのは良くない」

「ケイオスがそこまで言うなら受け取るけど…焦らなくていいからね?」

「きちんと払う」


 本当にそんな無理はしなくていいんだけど…言っても聞いてくれる感じはしない。

 まぁ、受け取った分は何かしらで還元してあげればいいかな。それかこっそり貯金しておくか…どっちがいいだろう?


「あっ」

「?」


 働き口で思い出した。


「ケイオスって、この辺詳しくないよね? 買い物行くからついでに案内するよ」

「それは助かる。荷物持ちは任せてくれ」

「ありがと」


 二人で家を出て周囲を散策しつつ、最終的な目的地であるスーパーを目指す。駅や付近の自動販売機や他にもいくつか施設を教えていたので、スーパーに着く頃には夕方になっていた。


「結構遅くなっちゃった。私足遅いから…スピード合わせてくれてたよね、ごめん」

「気にしなくていい。案内してくれてるのは楓だ」


 そこでまたお礼を言ってスーパーに入った。中に入ると今日はケイオスがいるし、と備蓄をあれこれカゴに入れてしまう。ちょっと重いだろうけどいいよね?

 味噌に油に牛乳と…いくつも重いものを買ってしまったけど、帰り道でケイオスは当たり前みたいに持ってて驚いた。男の人って思ったより力持ちなんだなぁ…。


「重くない?」

「これぐらいなら大丈夫だ。このまま楓を抱えることもできる」

「!?」


 え!? まっ、私を抱えるって何!?


「そ、そんなことしなくていいよ!」

「例えだ。その程度には余裕で持てる」

「た、例え…」


 例え話なのにすごいどきどきした。

 ケイオスって冗談言える人なんだね…なんて思っても言わないけど。

 なんだかんだと家に着く頃には真っ暗で、一先ず家に入って電気をつける。


「ただいま〜」

「ただいま」


 買ってきたものを片付けて一息。今日の晩ごはんはどうしようかな。数日はあるもので済ませちゃったし今日は何か作らないと…。

 なんて考えていたら、インターホンが鳴った。こんな時間に誰だろうとドアについた小さな窓を覗くと、そこには見慣れた人影。


「カーラさん! どうしたんですかこんな時間に」


 ドアを開けた先に居たのは、お隣に住んでるお姉さんのカーラさんだった。元は海外に住んでた人らしいけど少し前に越してきて何かと声をかけてくれる。弟さんと住んでるって聞いたけど、弟さんそのものはあまり見たことがない。

 赤い髪と褐色の肌に青い目、常に動きやすそうな服装が特徴的な彼女は、いつも親しみやすくて頼りになるお姉さん。おかげで打ち解けるのも早かった。


「ごめんね〜。さっき肉じゃが作りすぎちゃって、お裾分けにきたのよ」

「良いんですか?」

「二人じゃダメにしちゃうから貰ってくれるとむしろ助かるの、どうかしら?」


 カーラさんはタッパーの蓋を開けて中身を見せてくれる。これは美味しそう…。


「わぁ、美味しそうですね!」

「これも楓ちゃんがアドバイスしてくれたおかげよ〜。いつもありがとうね!」

「いえ、そんな…」


 なんて話していると、後ろから僅かに廊下の軋む音がした。振り返ると、ケイオスは不思議そうにこちらを見ている。


「楓、来客か?」

「あ、け、ケイオス! 急にどうしたの?」

「あら、彼氏?」

「え、か、彼氏!? 違います!」


 そこから二人をどちらも紹介してカーラさんには簡単に事情を話した。と言っても、“海外からきた親戚をしばらく住まわせてる”ってことにしちゃったから嘘ついたわけだけど…。


「へぇ、親戚の子か。家の中が賑やかになって良いんじゃない?」


 カーラさんはうちの両親が不在であることを知っているのでそう言ったんだろう。実際ケイオスが来てからこっち、何かと忙しくて前みたいにぼーっとはしていられない。


「…そうですね、楽しいです」


 そう言うと、カーラさんは優しく笑った。


「あぁ、そうだ。洗濯物忘れてたわ。肉じゃがどうする?」

「いただきます! ありがとうございました!」

「はい、じゃあこれ。容器返さなくて良いから。親戚くんもまたね!」


 そう言ってカーラさんは帰っていった。振り向くとケイオスがタッパーを見て不思議そうな顔をしている。


「おかず分けてもらったの。今日はこれで晩ごはんにしよっか」

「では支度だな。手伝う」

「ありがと、助かる」

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