第2話
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髪を切った。
切ったからって何が変わるわけじゃないけど、少なくとも長い髪と一緒に過去を引きずる私とは別れたかったから、髪を切った。
帰り道の雨は心を落ち着かせる。大粒で滝のような雨は私の傷の表面を、わかりづらくしてくれるような気がして安心できる。
短いレインブーツで浅い水たまりを歩いていくと、意図せず不思議な光景を見た。
「…」
この滝のような雨の中で、男性が一人、傘も刺さずに途方に暮れている。どこを見るでもないその視線はむしろ何かを探しているように見えた。
「!」
思わずその場で立ち止まっていると、男性の視線がちらりとこちらに向く。私は驚いて一瞬だけ視線を逸らしたけど、また戻して男性と視線を合わせた。
襟足の長い黒髪、切長の目元と銀のように美しい瞳、高い背、長い足。ワイシャツと黒いスラックスだけなのにやたらときまって見える印象…。
日本人じゃないのはすぐわかった。事情も何もわからない以上、はっきり言って不審者。
でもどうしてなんだろう、こんなに目を離せないのは。
そのまま流れるように、私はまるで初めからこうなると決まっていたみたいに男性へ向かって手を差し伸べる。
そして言葉はなんの抵抗もなく口からこぼれた。
「…場所がないなら、うちに来ませんか?」
傘でやや翳った視界の向こうで、男性が驚いたのが見えた。私はそれでも手を差し伸べ続ける。
まるで私の中の誰かが、彼のそばにいることを望んでるみたいに。
「…良いのか?」
男性は控えめに聞き返す。
「行く当てがあるなら、無理にとは言いませんけど…」
自分で何を言ってるんだろうと思った。こんな誰とも知れない男の人を迎え入れようなんて。でもただなんとなく、その方がいいと思って…どうしてなんだろう。
誰かが、“それがいい”って声にならない声をかけてくる。だけどそれが誰かもわからない。
「いや、君が良いなら行かせてもらえると助かる。構わないだろうか?」
やけに演技がかった口調に少し驚く。その口調が良いとか悪いとかではなくて、もっとなんというか、ざっくばらんな印象を受けていたから。でもまぁそれは、今重要じゃないか。
「じゃあ是非。私の名前は
男性は私が差し伸べた手を取って言った。
「俺は、ケイオス。ケイオス・アルカマギアだ」
私を見下ろすその視線は真摯な印象で、綺麗な銀の瞳が真っ直ぐ私を見ていた。
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