第2話


「おっすーー、えらく沈んだ顔してっけど、どしたん? うちでよければ話きこか?」


 ギャルが話しかけてきた。クラス内でもひときわ輝く存在。いわゆる1軍。僕がもっとも苦手としている咲楽さくらさんの登場だった。


 金色の髪の毛。爪の先はピンクや緑に彩られ、顔はぱっちり薄化粧。誰が見ても綺麗で美しい彼女は明日あけび咲楽。背は僕より少し高い165センチ。肌はマシュマロのように白くて柔らかい。スカートは太ももがあらわになるほど短くて、纏う雰囲気は太陽のように輝かしくて、存在のすべてが眩しすぎる人。


 咲楽さんは前の席にどかっと座り込むと「お、良い眼鏡してんじゃ~ん」とにやっと笑った。


 僕はこの人が苦手だ。なぜかよく話しかけてくるし、すぐ彼女のペースに呑まれてしまう。コミュ力強者の彼女は次から次へと言葉を繰り出し、僕が返答を考えている間にもう別の話題に切り替えてしまう。僕はそれに振り回されるばかりでまったく落ち着けないのだから困っている。


 この眼鏡だってぜんぜん良い眼鏡ではない。これのせいで僕はちりに等しき存在と化したのだから。


 ていうか……60? なんだこのバカみたいな数値は。眼鏡が壊れたか?


「あんまり似合ってないよね。分かってるんだ。もう外すよ」僕は自嘲気味に言った。


「なんでさ。伊達メいいと思うけど外すん?」


「だってこれ……柏田さんから」


 とこの眼鏡を手に入れた経緯を話そうとする間にも「ちょい貸してよ」と興味が無さそうである。


「わ、なにするの……」


「へー、これが眼鏡かー。どう? あーし賢く見えるっしょ?」


 咲楽さんは僕の話を聞かない。いまだって眼鏡を奪い取るとスマホを取り出して自撮りに勤しんでいる。


 こんなふうに生きてみたいと思う反面、少し軽薄に感じてしまう。「可愛い、です」


「ふっふ~ん、でしょでしょ~? うちの可愛さにようやく気づいたか~?」


 パシャパシャとポーズを決めて自撮り。人生楽しそうだなぁ。


「それは、ずっと前から気づいてるよ……」


 むしろ可愛いし綺麗だし、なんなら女神だとすら思っている。そんな彼女に話しかけられるとたいへん居心地が悪いから苦手なだけで、咲楽さんの可愛さにはずっと前から怯えていた。


「あぅ……急にそういう事言うなよ、恥ずいじゃんか……」


 僕に褒められたから興が覚めたのだろう。咲楽さんはうつむきがちに頬を膨らませると「あれ、なんこの数字」と僕の頭上に目をやった。「なんか80って書いてるけど」


「80!?」僕はたいへんビックリした。


 80? 僕は咲楽さんの事を80も好きなのか? いやたしかに咲楽さんの話は楽しいし、僕の話を聞いてくれる時もあるし、可愛いし、見てて飽きないし、なんだかんだ優しいけど……80!?


「これなに? なんかゲームみたいじゃん。レベルって言うんだっけ? あんたこういうの好きっしょ?」


「いやいやちょっと待って、ちょっと、眼鏡返して」


「あ、うん、いいけど……」


 咲楽さんから眼鏡を受け取ってかけ直す。さすがに壊れただろうと思ったのだけど、やはりこれは壊れている。


「急に焦ってどしたん?」と首をかしげる咲楽さんの頭上には75の数字が表示されていた。


 さっきは60と表示されていたはずなのに、この一瞬でなぜ15も跳ね上がったのか。それは壊れているからに他ならないだろう。


 僕は安心して、同時に少し悲しくなった。これが本当だったらどれだけ良かった事か……。いや、咲楽さんに好かれるという事はクラスの男子を敵に回すという事だから逆に良かったのかもしれない。


「これ、柏田さんが作った眼鏡なんだよね」


「柏田………あーー! あの発明好きの!」


「なんでも人からの好感度を数値化してくれる眼鏡らしいんだけど……どうやら壊れているみたいなんだ」


「そうなん?」


「だって、いままで10とか20とかの数字しか表示されなかったのに、僕達だけ高い数字が出ているなんておかしいでしょ」特に咲楽さんが75の数値を出している部分がおかしい。「だから、壊れてるんだよ」


「そっかぁ、あ、さっきの80ってあんたの好感度ってことか! じゃあ、うちらはそーしそーあいってヤツ!? まじ!?」


「あ、だ、だから、これは壊れてて………」


 僕は必死に弁解しようとしたが咲楽さんは話を聞かない。きっと傷ついただろう。僕と両思いだなんて嫌に決まっている。ほとんど自己保身のような弁解だったけれど、傷つく咲楽さんを見ると、僕も傷ついてしまうかもしれない。


 だってこの人は唯一僕に話しかけてくれる人なのだから。事務的な用事でもなく、ただただ世間話をするだけのために話しかけてくれる人。苦手だと思っていてもその時間を失う事は苦痛らしい。


 たとえ片思いでも、咲楽さんに好意が無くても、この時間だけは失いたくない。ただの世間話でも僕にとっては大切な時間である。数少ない友情を感じる時間なのだ。


 僕はたしかに、咲楽さんに好意を抱いていた。


 だからこそ咲楽さんの反応を見たくなかった。


 咲楽さんはこう言った。

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