第3話


 僕はたしかに、咲楽さんに好意を抱いていた。


「やーーー、やっぱりそうか! うちら相性良いと思ったんだよねー」ところが咲楽さんは嬉しそうだった。


「へ?」


「なんかこうピシッとハマる感じっていうの? あんたといると安心するし楽しいし、なんかこう、ベストパートナーって感じがするよ! そっかぁ、両想いかー。こりゃ付き合うしかなくね?」


「え、いや、僕なんて……」


「イヤなん?」


 咲楽さんの数字がちょっと減った。なぜ? 僕が及び腰だったから?


「イヤなら言ってよ。無理強いしないからさ」


「いや、そうじゃなくて……」


 試しに「僕でいいの?」と訊いてみた。すると数字がぴょこっと動いて78になる。


「いいよ」


 次に「僕なんかじゃ咲楽さんとは吊りあわないよ。それでも?」


 するとまた数字がちょっと増えて80になる。「うん」


「僕は話し下手だし引っ込み思案だしこんな顔だし……正直、咲楽さんにはもっと良い人がいると思う」


「……そんなことないよ」


「あるよ。僕なんてダメダメだ。咲楽さんがいなければ何もできない。普通の会話すらもだ。きっと後悔する時がある。僕には幸せにできないのかもしれない」


「………そんなこと、ないって」


 今度は数字が下がり始めた。緩やかにだが、70を切った事が確認できる。


 僕はいよいよ追い詰められた気分になって、


 でも、数字が減るのを見たくなくて、


「そんな僕でも、咲楽さんを笑顔にしたい!」


 と、目を閉じて言った。


「咲楽さんに笑っていてほしい。咲楽さんの笑顔を見ていると楽しいし、嬉しくなるし、もっと見たいって思う。僕が笑顔にしたいって思う。こんな僕でも、それだけの事ができたら、きっと……」


 ああ、なんてことを言っているのだろう。こんな分不相応な事。馬鹿にされるに決まっている。笑われるに決まっている。でも言わなければいけないと思った。


「きっと……?」


 咲楽さんが先を促す。僕はおそるおそる目を開けながら「きっと、君を幸せにできると思う。いや、してみせる!」と言った。


 でも、やっぱりこの眼鏡は壊れていると思う。


 だってこんなのおかしいじゃないか。


 咲楽さんが涙を浮かべていて、その頭上に100という数字が表示されているなんて、すべてがおかしい。おかしいじゃないか。


「やっと言ってくれたね」


「え……」


「ずっとずっと待ってた……やべ、どうしよう、言葉がでてこない……どうしよう……」


「咲楽さん?」


 咲楽さんは化粧が崩れると言って俯いた。涙をポロポロこぼして小さな子供みたいに泣きじゃくっている。「ど、どうしたの……大丈夫?」


「分かんないよ……涙が止まらない……なんで? なんで泣いてんの? 笑わなきゃなのに、嬉しいのに、涙が止まらないよ」


「え、えっと……」僕はどうしたら良いのだろう。


 戸惑っていると、突然咲楽さんが立ち上がって「化粧! 直してくる!」と教室を後にした。


 僕は面食らったが追いかける事も出来ず、茫然と教室のドアを見つめた。


     ☆☆☆


 しばらく教室で待っていると、咲楽さんがおずおずと教室に入ってきた。


 いつもの元気がない。雨に打たれた子猫みたいに縮こまっているが、化粧はしっかり直していた。


 僕が「咲楽さん、大丈夫?」と出迎えると、


 指の先で僕の腕をつまんで言う。「絶対幸せにしろよな……」


 そのいじらしさ、儚さ、弱々しさに心を打たれた僕は「絶対だよ」と言って、その手を取った。


「急にかっこよくなるの……ずるいじゃん……」


「……ごめん」


 眼鏡は壊れていなかったらしい。ちゃんと好感度を表示してくれていた。だけど、100という数値では不十分だ。


 たぶん僕も咲楽さんも、とっくに100は超えている。


 今度会ったら文句を言っておこう。


「ねえ、こんな事うち以外にしたらダメだかんね?」


 咲楽さんが抱きしめてくる。柔らかい彼女の体に包まれて、香水の良い匂いがした。


「しないよ……」


「うちだけを見ててね?」


「咲楽さん以外に興味ないもん」


「絶対、絶対嫌いにならないで」


「それは、僕も同じ気持ちだよ。咲楽さんに離れてほしくない」


「うん……」と咲楽さんは言って、僕の後頭部に手を回した。鎖骨と首のあたりにすっぽりと頭が埋まる。鼻と口がセーラー服にくっついて咲楽さんの匂いでいっぱいになる。


 咲楽さんは僕の耳元でこう囁いた。


「あたしも……好きだよ」


 それは人気ひとけのなくなった、放課後の教室での出来事だった。


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