博士ちゃんの発明品

あやかね

好感度が見える眼鏡

第1話


 もし人の好感度にレベルがあって、それを見る事ができるとしたらどうだろうか?


「この眼鏡は君への好意を数値化して見せてくれる最高の発明品だ。5千円でどうだい?」


 僕はもちろん買った。


 だってそうだろう。好感度が一目でわかるなんてギャルゲーみたいな事が現実に起こるのだ。言葉上では喜んでいるように見えて全く喜んでいないあの子も、喜んでいないように見えて心の中では小躍りしているあの子も、すべて容易に攻略できるようになる魔法の眼鏡。そんなものを柏田さんは作ってしまうのだからすごい。


「これ……どういう技術?」


 僕は訊ねながら実際にかけてみた。すると「企業秘密。特許取ってないけど」という柏田さんの頭上に5という数字が見える。


「これが好感度?」


「うん。0から100まであるよ」


 という事は、5はかなり低い数値という事だ。ショック。しかし本物である。


「機材をごちゃごちゃぶち込んだ関係で度は入っていないけど、いいよね?」と柏田さん。


「うん。問題ないよ」


「おっけー。なら、これが保証書で、これが眼鏡拭き。で、請求書」


「きっちりしてるなぁ……3年保証って……卒業するまでって事かい」


「卒業するまでに見つけろよってことだ」


 そう言って柏田さんは手を振って僕を追いだした。


 高い買い物だったけれど後悔はない。


 これで僕のもてもてうはうは生活が幕を開けるわけだから。


     ☆☆☆


 眼鏡をかけて廊下を歩いてみる。


 なるほど。これが生徒からの僕に対する好感度なのか。


 5、8、18、4、0、0、10、10……


 想像はしていたけれど、やはり僕への好感度は低いらしい。


 僕は絵に描いたような陰キャである。人と話すことが怖くてうまく話すための話術も無い。そのせいでさらに人と話せなくなる負のループに陥っている僕だ。


 相手の気持ちが分からないというのが拍車をかけて、僕は一人の世界に閉じこもり妄想世界に遊ぶことを選んだ。しかしこの眼鏡があれば違う。


 相手が喜べば数字が上がり、怒れば下がる。これほど分かりやすい練習装置があるだろうか?


 僕は楽をしようとしているのではない。コミュ障を脱却し、もてもてうはうは生活を満喫するために買ったのである。


 あとは実践あるのみだ。


「あ、あの……こんにちは」


 意を決して話しかける。千里の道も一歩から。まず選んだのは小野田さんという女子生徒だった。いつも微笑を浮かべて優しい彼女であれば練習相手に持ってこいだと思った。だが……


「あ、うん、どうしたの……?」


 数値が下がった。


「あ、いや、その……」


「あたしに何か……用かな?」


 小野田さんが困ったような顔をする。数値がどんどん下がる。


「いや、その、用はないのだけど……」


「そう……なら、私、これから職員室に行かなくちゃいけないから、もう行くね。あ、眼鏡、似合ってるよ……」


 そう言って愛想笑いを浮かべた小野田さんの頭上には8という数字が燦然さんぜんと輝いていた。ちなみに最初の数値は17。何をどうしたらここまで低くなるのだろう? 僕はたいへん困惑した。


 小野田さんの好感度が下がった理由が分からず、しかし、リアルな女子の反応が確実に心をむしばんだ。


 僕はまた、小さくて大人しそうな河野さんに声をかけた。しかし結果は同様。元々低かった好感度をさらに下げるに終わってしまった。


 なぜ好感度が下がるのだろう?


 僕が話しかけたからだろうか? 空気同然の僕が特に用も無く話しかけたから迷惑だったのだろうか。だとしたら僕は詰みなのではないだろうか?


 コミュ力向上のために話しかけたいと思っても、相手は迷惑に感じる。話そう話そうと焦っているうちにわずらわしさを募らせてしまい、はてには話を切り上げられてしまう。それじゃあ眼鏡を買った意味がないじゃないか。


 変わろうと思っても、変わる事が許されないなんて………世界に嫌われているような気がした。


「……はぁ、陰キャから脱却しようと買った眼鏡に、お前は一生一人ぼっちだと言われるはめになるとは……ああ、最悪だ。こんな事なら眼鏡なんて買わなければ良かった」


 教室に戻って席に着く。わらにもすがる思いで見渡しても2桁すらない状況。


 もうこんな眼鏡は捨ててしまおう。そう思った時だった。


「おっすーー、えらく沈んだ顔してっけど、どしたん? うちでよければ話きこか?」


 ギャルが話しかけてきた。その頭上に60という数字が見えて僕はギョッとした。

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