第6話

 夏の大会が三年生の引退試合となる部活動は多いだろう。美世の所属する吹奏楽部もその例に漏れず、七月初旬にコンクールを控えている。という訳で美世は梅雨真っただ中の校舎の中を部員たちとともにジャージ姿で走っていた。なぜそんなことをするのかというと、まずは基礎体力をつけることが必要だ、と先輩たちが結論を出したからで、美世たち一年生はただそれに従って練習前に走ることが求められたのだった。運動になじみのない一喜はこの習慣にかなり心が折れそうになっているようで、部活が始まる前が一番暗い表情になっている。

「僕は勝手に美世君も運動が好きじゃないと思ってたよ」

 スタート地点の音楽室前の廊下に、他の部員たちと一緒に並んだ一喜が暗い表情のままに言った。

「ご、ごめん」

 日々稽古に明け暮れていた美世にとって廊下や階段を往復することは大して苦にならなかった。

「吹奏楽部にも体力は必要と聞いていたけれどこんなに運動することになるなんて」

「大丈夫、とにかく走り切ればいいだけだから。足さえ止めなければいつかは終わるよ」

「美世君からそんな脳筋みたいな言葉聞きたくなかったよ」

 部長がスタートの号令を出し、前列にいた部員たちが走り出す。美世たち一年は最後列で自分たちの走り出す番が来るのを待っている。先輩たちが続々と走り出すのを見ながら、美世は少々の苛立ちを感じていた。なぜなら一年は先輩たちを追い越してはならないからだ。

 初日に自分のペースで走って諸先輩方を追い抜いてしまった美世は先輩方から反感を買った。三年から注意を受けた二年の先輩から注意を受け、その回りくどさに辟易としながらも、美世は目立たず大人しく過ごすことこそが部活動での最もふさわしい行動なのだということを理解した。それから部活動での息苦しさが倍増した。

「…でさぁ、やっぱり学校来れんのだって」

「え、やばくない?もう一か月くらい来てないじゃん?」

「いやでも、保健室には来てた日とかあるって。教室には入れんかったらしいけど」

「やばぁ。内申とか影響ありそう」

 雑念が多いとこの手のひそひそ話が嫌でも耳に入ってくる。聞くとはなしに聞こえてしまったのは、不登校になりつつある吹奏楽部在籍の二年の女子生徒の話だった。どうやら不登校の原因は部活動にあるようだが、先輩たちも周りを憚ってか、具体的に何が原因だったのかは明かさない。彼女たちの話ぶりには表層的な心配と、若干の後ろめたさがあるように美世には感じられた。

 やっと一年の列もモタモタと走り始め、美世はこの話題をすぐに忘れたのだが、その翌日に嫌でも思い出さざるを得なくなってしまった。

 なぜならその先輩が行方不明という噂話が朝から吹奏楽部の部員を中心にものすごい勢いで校内を駆け巡ったからだ。先生たちはだれもその話題を口にしていないが、彼女の両親が娘を心配して娘の友人に手あたり次第連絡をしているそうで生徒たちはその事件をあたかも自分たちも関係しているかのように話していたのだった。その過程で彼女が吹奏楽部でどのように扱われていたかが、尾ひれをつけてじわじわと広まっていった。

「ちょっとぼんやりっていうか、とろくさいところがあって先輩たちから目の敵にされてたんだって」

「特に同じパートのあの先輩と、この先輩がいじめてたんだって」

「部長も先生も見て見ぬふりしてたらしいよ」

 どこまでも止まらない噂話に遭遇し、美世は噂話が人が多ければ多いほど速度を増して駆け巡ることを身をもって体感していた。

「ねぇ、例の失踪話だけどさ」

 と、一喜までが噂話を口に出し、美世は自分のことでもないのに疲れる思いがした。

「ほかの生徒もいるんだって?」

「え?」

 話が思わぬ方向へ行き、美世は思わず聞き返した。

「一組の女子も、昨日から行方不明なんだって」

「…そうなの?」

「なんだっけな、戸崎、だったけな、結構派手な、目立つ子らしいんだけど、昨日学校に来なくて、家にも帰っていないんだって。あの、美世君と同じ小学校の、強そうな男の子が、休み時間にうちのクラスに来て、何か知ってる奴は俺に教えてくれって、言ってたんだよ。美世君ちょうどトイレに行っててさ、知らなかったよね?あの人、意外と友達思いなんだね。あ、意外とって言ったら失礼か」

「…そうなんだ、一久は意外と面倒見がいいから。戸崎さん、早く見つかるといいね」

 一喜がしみじみと心配そうに頷いたので、彼は本当に心の優しい人だな、と美世は暢気に思っていた。

 まだこの時点で自分がこの件に関わるとは思っていなかったのだ。

 晴豊は朝から早々に一久からこの事件を聞かされていた。失踪した女子生徒の名前は戸崎恵里佳、晴豊をライアンとの対決で陸上部の休憩場所に案内した、あの笑い声の大きい女の子。一昨日の学校帰りに友達と別れてから、家にも戻らず携帯のメッセージにも返信せず完全に音信不通なのだという。頼んでもいないのに淡々と晴豊に事情を説明する一久を前に、晴豊は口を開いた。

「携帯のGPS?とかでわかんねぇのか?居場所」

 すると一久がわざとらしく大きいため息をつく。そして晴豊の机の前にしゃがみ込み、片手を口に当てて小声で話し出した。

「あんまり広めたくねぇんだけど、あいつの家ちょっと複雑でさ、親と仲悪いんだよ。親はあいつのこと不良扱いしてるから連絡つかなくてもどうせ不良仲間のあいだをほっつき歩いてるとしか思ってない」

 いくらなんでも親なら心配するんじゃないか、と晴豊は思ったが、自分がそれを確信できるはずもないことを分かっていたので他の質問を繰り出した。

「…なんで俺にそんな話まで打ち明けてくれたんだ?」

「そりゃあお前ですら当てにしたいからに決まってるだろ。赤野とか、お前と仲のいい粟見の連中にならこの話言ってもいいから、探してくれ」

「でも俺たち戸崎のこと何も知らねぇし、できることそんなにない」

「お前たちなんか普通じゃないことができるんだろう?」

 晴豊の背中がぎくりと粟立った。

「その辺俺は興味無ぇけどなんかができるとは知ってるから、頼んでるんだよ」

 頼んでる?頼まれていたか?今。ただ起こったことを話していただけじゃないか?と晴豊は思ったが、そのいつも通りの横柄な態度の中にも焦燥が感じ取れることから一久が本気で心配していることは理解できた。

「わかったよ。美世にも相談してみる。もうすぐ粟見の祭りも近いし、四人で集まることもあると思うから」

「おう、そうしろ。頼んだぞ」

 一久は晴豊から満足な返答を引き出すと同時にとっととほかの席の子のところへと行ってしまった。きっと戸崎の話をするのだろう。

 晴豊は言葉にできない胸騒ぎを抱えたまま、じりじりと放課後を待つことにした。

 放課後晴豊が教室に迎えに来て、美世は今日から祭りの準備で部活を休みにしていたことを思い出した。確か数日前に部長と顧問に伝えたから、問題ないはずだろう。いや、当日も伝えた方がいいのか?

「行ってきなよ。部長や顧問の先生には僕が言っておくから。晴豊さん、美世に早く来てほしそうだし」

 確かに晴豊の表情は分かりやすく焦っている。美世は一喜に礼を言うと足早に晴豊と合流した。

「ちょっと相談したいことがあるんだけど、修とささめにも聞いてほしくて」

 順序立てて説明するのが苦手な晴豊らしい唐突な話し方だ。美世には何となく話す内容の察しがついた。なぜなら晴豊は一久と同じクラスで、二人はあの事件以降多少お互いを理解し合えたのだから。

「わかった。バスで話を聞こう」

 二人はそのまま校舎を出てバス停を目指す。わざわざ七組まで修とささめを探しに行くよりもバス停で合流する方が無駄がないからだ。

 粟見の夏祭り。それは年に一度の村おこし的な一大イベントだ。粟見に籍を置く村人ならば何歳であっても協力せざるを得ないイベントと言ってもいい。祭り一か月前はもう目も回るほどの忙しさとなるので働き手となる中学生は一刻も早い粟見への帰宅と祭りの準備への参加が求められる。過疎地域における中学生がどれほど貴重な働き手であるか、いくつかの過疎地域から通学する学生を抱える茜西中学校はよく理解しているので、粟見出身の生徒たちは大手を振って粟見に帰れた。

 バス停前では粟見に帰る学生たちが行列を作っている。普段と違って粟見出身者全員がほぼ同じ時間帯にバスに乗ろうとするからこの時期は行列になってしまうのだ。その列から少し外れるように並ぶささめと修の二人を見つけて、晴豊はほっと溜息をついた。

「良かった、会えた」

「大げさだな、会えるに決まってるだろう。同じところに帰るんだから」

 修が普段通りのそっけなさで応じる。

「そうなんだけどさぁ、俺ちょっと話したいことあって」

「奇遇だね。僕たちも丁度話したいことがあった」

「マジ?じゃあ一番後ろの席取って話すか」

「うーん、私たちの話ちょっと話し辛いっていうか、人の目も耳も遠いところで話したいの。粟見に戻ってからでも良いかしら?」

 ささめがあたりに聞こえづらい絶妙な音量でそう明かす。晴豊と美世は黙って頷いた。自分の話も多分他の人には聞こえない方がいい話なのだろうし自分にはそういう気遣いがなかったな、と晴豊は少し恥ずかしく思った。

 普段より乗客を多く乗せたバスは、祭り前限定の特別な停車場である粟見小の校門前に止まり、中学生たちはおしゃべりしながらなじみ深い小学校の校舎へと急ぎ足で向かっていく。誰もが早く準備に加わりたいので早足になってしまうのだ。祭り当日もそうだが、皆で一体となって進める準備がこれまた楽しい。晴豊も一歩小学校の敷地へ足を踏み入れると、何とも言えない懐かしさと祭りの前の浮き立つようなわくわくをひしひしと感じた。ほんの数か月前まで通っていた場所なのに、無性に戻って来られて幸せだと思えるのだ。

「あんたら、よぅ戻ってきたな」

 昇降口でスリッパに履き替えた晴豊たちを、廊下に並べてあるパイプ椅子に腰かけたスギさんが出迎えてくれた。去年も一緒に祭りの準備をした、あの小柄なおばあさんだ。

「スギさん!元気にしてたか?」

 晴豊は中学の同級生にはまだ見せていない朗らかな挨拶をした。

「今年も死ぬ前に祭りの準備ができそうだでええわ」

 スギさんが目尻にあるシワをさらに深く刻んで微笑んだ。

「縁起でもないこと言わないで、今年もよろしくお願いしますね」

 ささめがスギさんの前に跪き、スギさんの膝に置いた両手を握りしめてそう言った。まるで本当の孫娘のような自然さで、パフォーマンスじみたものが一切なかった。

「あたしゃあんたらがしゃんとお勤めを果たしとくれとるだけで充分だよ」

 スギさんは顔をほころばせてそう言ってくれたが、四人は曖昧に笑うだけで誰もちゃんとした返事を返せなかった。

 中学生になってから、いやその前から、あちらへ行く頻度は減ってきているし前回など四人の誰も自分の得意なことをちゃんと披露することができなかった。四人とも、自分はあちらに招かれるにふさわしい者ではなくなってしまったかもしれないというおそれを抱いていた。その事情を知らずただ自分たちを信じてくれている人に何と言えばいいのだろう。

 四人の中でも特に美世は、部活動で疎かになっている諸所の稽古のことが頭によぎり、自分で自分を過度に責めている節があった。

 職員室の隣の会議室は、祭りの準備の本部となっていて、美世たちは本部からお手玉を作るための布地や針と糸などを借りてから屋上手前の四階の階段の踊り場にやってきた。ここに用のある人などいないはずなので人目につかず話が出来るだろう。

「スギさんに話しかけられたとき、なんだかドキッとしたよ」

 紺色と濃茶の無難な色合いの布地を手に取った修が言う。

「修もそう思ったのか。僕もだよ」

「いや、多分美世が感じたこととは少し違ってて、もちろん自分たちの能力というか、あちらへの誠実さが足りてないんじゃないかって自分自身で思うこともそうだけど、それだけじゃなくて、話したいことっていうのが、あちらも関係しているかもしれないことなんだ」

 修にしては随分回りくどい言い方をしている。それだけ話す内容を自身でも整理しきれていないということだろう、と思いながらも美世は布地を縫い合わせる手を止めずに聞いていた。晴豊は針と糸を手にした時点で既に何かを作ることを諦めかけていたので大人しく修の話を聞くことだけに集中している。

「僕たちのクラスに、望月君というクラスメイトがいる。彼が少なくとも昨日から行方不明になっているらしいんだ」

「えっ、行方不明の人って戸崎だけじゃなかったんだ」

 晴豊が驚いて言った。

「君が話したかったのはその戸崎さんの話だろう。他にも二年の先輩で連絡の取れない人がいるらしいね。吹奏楽部の人みたいだから美世は知っていたのかな」

「修、君の情報収集能力は中学生になっても万全みたいだね」

 美世は縫い合わせた布地をひっくり返しながら感心を口にした。あとは中身を詰めて縫い閉じれば早速一個目の完成だ。

「人が多ければ多いほど情報はあふれるものだからね。重要なのはこの行方不明者が粟見に関わっているかもしれないってことだ」

「えぇ?誰も粟見の人じゃねーのに?」

「まだ確定してはいないけどね。まず一番情報がある望月君のことを話すけど、彼はいわゆるデビュー失敗組なんだ。中学校で一花咲かせようと強気で明るい自分を演じて、大人しい気質の子が多い僕たちのクラスではウケなくて、どんどん周りから浮いてしまって、六月に入ってからはほとんど登校できていなかった。三日前に久しぶりに登校してきたけど、クラスの誰とも会話らしい会話はしなかったみたいだ」

「こう言ってはなんだけど、どのクラスにも一人はいるかもしれないタイプの子だね」

 本人はこの場にいないけれど、それでも彼を過度に傷つけないように気を付けながら美世は言った。

「そうなんだよ。失踪するまで変わった様子は見られなかった、らしい。少なくとも学校ではね。でも少し気になる様子を彼の隣の席の女の子が見ていた。なんでも彼は授業中に真剣そうにノートにへのへのもへじの落書きを書いていたらしいんだ。それもノートの端っこに書くとかじゃなくて、一ページ丸々使って顔一つ書いて、次のページにも同じように書くのを繰り返していたらしい。隣の子は少し気味が悪いと思ったそうだ」

「へのへのもへじって、あのへのへのもへじか?」

「いやどのへのへのもへじも同じようなものじゃない?」

 晴豊のオウム返しに呆れた美世がツッコむ。

「晴豊の言いたいことは分かるわ。私たちもつい最近あちらで見たばかりというのを言いたいのでしょう?」

「うん、ささめと修も同じことを思ったんだな」

「そう。まぁへのへのもへじだけじゃあ粟見のあちらと関りがあるなんてとても断言できやしないんだけど。なんとなく気になって望月君のことやほかの失踪者のこともできる限り調べている途中なんだ。晴豊と美世は失踪者のことで何か知っていることはない?」

「俺は一久から戸崎恵里佳が一昨日の放課後友達と別れてから行方不明で、家が複雑で親がちゃんと探してないみたいだってことしか知らなかった。へのへのもへじのこと、一久とかその周りの奴らに聞いてみるよ」

「僕も失踪した吹奏楽部の先輩の名前が橋京子で、部活動中に不遇な扱いを受けていたらしいということしか知らなかった。正直先輩たちとはあまり私的な交流は無いけれど、もう少し何か情報がつかめないか話してみるよ。もし粟見に関りがあるとしたらもう他人事ではないから」

「今はまだ情報が少なすぎて何も分からないけれど、いなくなってしまった子たちが現実に不満があったかもしれないというのは共通している気がするわ。粟見ではあちらに行けるのは認められた者だけで決められた手順を守らなければならないというルールがあるけれど、粟見でないところには粟見よりもあちらに近いところがあるのかもしれないし、そこに満たされない子たちが呼ばれてしまったかもしれないなんて、私と修は思ったのだけれど、全然現実的じゃないから誰にも相談できなかったの」

「そう、まだ結び付けるには早すぎるんだ。現実に起こっているのは三人の中学生が失踪したかもしれないということだけ。粟見もあちらも全く関係ないのかもしれない」

「いいや、絶対関係ある。あいつが俺たちを呼んでいるんだ」

 修の懐疑的な意見を晴豊が一蹴した。

「そんなに断言できるほど何か根拠があるの?」

 美世は二つ目のお手玉を作り終え、三つ目の布地を選びながら訊ねた。

「しかも前回お会いした時には、君を贔屓にしている方は何か具合が悪そうではなかった?こちら側に手出しができる余裕があるとは―」

「いや、そいつじゃない。先輩だ」

「「「先輩?」」」

「そう、先輩!あぁ先輩だ!先輩のことすっかり忘れてた!」

「先輩先輩連呼しないで知っていることを教えて欲しい」

 晴豊の大声に辟易しながらも修が説明を求めた。晴豊は興奮した口調のままあの帰り道で出会った先輩を名乗る怪しげな人らしきものと出会った話をした。今思えばこの三人でなければ夢でも見たのだろうと信じてもらえない話だったに違いない。

「…その先輩とやらがあちらにどういう繋がりがあるかは分からないけれど、一連の失踪に関りがある可能性はあるよね」

 美世は三個目のお手玉作りのペースを落としながら晴豊の話に答えた。

「君はもともとそういう怪しいものに巻き込まれやすい体質みたいだから、もしかすると一番失踪者を探すのに向いているのかもね」

 それってつまり俺のせいってことかな?

 晴豊はせりあがってきた疑問を口には出さずに引っ込めた。自分が卑屈になりすぎていることも、美世に悪気があったわけではないことも分かっていたからだ。

「仮にその先輩とかいう何者かが絡んでいたとして、目的が見えないな」

 修は唸るように呟いた。

「絶対あるぜ、目的。俺に目的目的って何回も言って説教してきたんだから」

「その辺はあまり考えても意味ないかもね。犯人と決まっていない人の動機を考えるようなものだ」

「美世の言うとおりだ。何かを決めつけるには情報が少なすぎる。幸い祭りの準備は明日も明後日もあるのだし、お互い些細な事でも何か情報を集めてここで共有しよう」

「じゃあ俺は明日は自転車登校にする。先輩と会った場所にもう一回行ってみたいから」

「君一人では危険だ。僕も一緒に登校する」

 美世が初めて手を止めていった。

「それじゃあ何かあった時のために刀持っておいたほうがいいかな」

「何を起こすつもりだ。あくまでも現実に先輩とやらが存在するのかを確かめるだけなのだから武装する必要はないよ」

「それなら二人がバスで粟見に帰らない理由が必要ね。明日までに何か考えておくわ」

「さすがは実行委員兼スポンサーの稲取グループのご令嬢だね。頼りになる」

 ささめは美世のこの言葉を気恥ずかしそうな表情で受け取った。

「本当にささめがいてくれてよかったよ。ささめが心配しなかったら僕は望月君のことなんてどうでもよかった」

 修がポツリと言った。晴豊にはそれが本当に、修がささめのことを思いやっていることを裏付けているように思えるのだった。

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