第3話
三
晴豊の教室での立ち位置は激変した。ほんの二、三日前までクラスの大多数に腫れ物扱いされて遠巻きに見られるだけだったのに、今では休み時間になるたびにクラスメイトたちが話しかけに来るし他クラスから一目見ようと一組の出入り口に野次馬たちがやって来る。部活見学に行っただけでこんな風になってしまうなんて、晴豊には予想できないことだった。
「青野君、今日はサッカー部に来いよ」
「サッカー部は男子しか入部できないだろ」
「青野君の能力があれば前例のない女子部員にだってなれるんじゃない?」
「青野はバスケ部に入るよね?」
「身体能力を生かすなら陸上部だろ」
入れ替わり立ち替わり話すクラスメイト達。実は晴豊はその誰の名前も覚えられていない。皆晴豊のことをすごいすごい、次はあれを、じゃあこれをと物珍しそうに好きに言うだけで、長く会話しようなどと思っていないのだ。
晴豊が初めに見学に行ったのはバスケ部だった。試しにフリースローを体験させてくれるというので晴豊もやってみると、何回やってもシュートが決まり、ついにはセンターラインからさえもシュートを決めてしまったのだ。
晴豊はこういう素人には絶対にできそうにないことを次々とこなしてしまった。陸上部では五十メートルを六秒台で走り切り、テニス部では先輩相手にサービスエースを取り、ソフトボール部ではエースの球をホームランにして打ち返す。見学に行ったどの部活でも目の色を変えて入部を勧めてくる人もあれば気味の悪いものを見るような目で見る人もいた。総数で言えば前者の方が多いので晴豊は色々な人に話しかけてもらえるのだが、そのどれにも必要最低限の返事しか返せていない。ほんの一年前までなら自分も話しかけてくれる誰かに興味を持って自然と会話が成り立っていたのに今ではどうしてもそれができないでいた。
興味が湧かない。誰にも。せっかく話しかけてくれたのに。
つまんねぇなって思い始めることが退屈の始まりなんだよ。
あのへのへのもへじ男が言った言葉がじわりじわりと晴豊の心を湿らせる。
「おい、あんま調子乗ってんじゃねぇぞ」
その冷や水を浴びせるかのような声に、晴豊の周りで囀っていた声が鳴り止んだ。自分の机に脚を組んで座る一久が発した言葉だった。
「三年にもっとヤバイ奴がいるらしい。調子に乗るのはそいつに勝ってからにしろ」
「ヤバい奴って?」
晴豊は自然と一久に質問した。
「運動が得意で頭もいい、オマケに顔も良くて一部でオウジサマとかふざけたあだ名で呼ばれてる奴なんだとよ。ムカつくだろう?」
「別にムカつかないけど…一久は自分より目立つ奴が嫌いなだけだろ?」
「まぁな」
一久は机から降りるともったいぶった歩き方で晴豊の席に近づいてくる。晴豊の机に集まっていた子たちは思わず一久のために場所を空けた。
「オウジサマは今ご実家の都合で学校をお休みされてるんだとさ。戻ってきたら対決してもらおうや」
「いや、いいよ。向こうに迷惑かけたくないし」
「安心しろ、俺が段取り取ってやる」
「それが一番嫌なんだよ」
一久相手なら、晴豊は思っていることを素直に口にできた。
「お前は粟見の顔だからな。負けんじゃねぇぞ」
「聞けよ、人の話」
「オウジサマの情報はまだイマイチ集まってねぇ。何かわかったら教えてやるから準備しとけ」
まるで大物監督のような指示の出し方に、晴豊は苦笑するしかなかった。
*
放課後、修が晴豊のクラスを訪ねてきた。
「そろそろバドミントン部に顔を出してやってくれないか。涼が待ちくたびれている」
その斜め下を向いたままの視線や早口でまくしたてるような口調が、晴豊にはなんだか無性に懐かしかった。
「うん。今日は雨だし丁度バドミントン部に行こうと思っていたんだ。涼さんにも久しぶりに会いたいし」
「自分から言っておいてなんだけど、無理にバド部に入らなくてもいいからね。今も周りから色んな部活に勧誘されて苦労しているだろう?」
「修、知ってたのか」
「君の噂なら学年中に広まっているよ。ささめも心配している」
「会いたいなぁ。修もだけどささめとは中学に入ってから全然会ってない気がする」
「まぁ通学時間が大幅に増えたからね。特に君は。これからそれぞれに部活とか始めるともっと会い辛くなるだろうし」
「修はもう部活決めたのか」
「僕はパソコン部。パソコン解体して一から組み立てたりプログラミング教えてくれたりするんだって」
「あぁ、そういうの好きだもんな」
晴豊は以前野球チームの助っ人に行った時のことを思い出した。観戦に来てくれた修がカメラで撮影したのを後日アルバムにして渡してくれたのだ。晴豊は機械的なものの取り扱いがかなり苦手なのでデジタルに強い修のことを尊敬している。
「ささめは家の用事がますます忙しくなりそうだし四人そろって話ができるのはしばらく先になりそうだ」
「家の用事って?ささめは部活入らないのか?」
「いわゆる教養的教育ってやつかな。もともとささめは各方面のプロフェッショナルから教えを教授してもらっていたわけだけど、更に多方面に深化して学んでいくことになるらしい。ノブレスオブリージュってやつはこういうことも指すのかもしれないね」
晴豊にとって修の話の特に後半部分は難しすぎてよく分からなかったが、その読み取り辛い表情が僅かに翳ったのを見て修も寂しさのようなものを感じているのだろうということを読み取った。
「なんか寂しいな。毎日ってわけじゃないけど割と集まろうと思えば集まれたのに」
「仕方ないよ、ずっと同じではいられないんだから」
「そりゃそうだ」
「でも君は変わらないね。今度はこの学校のボスとタイマン張るんだろう?相変わらずの巻き込まれ体質だ」
「え?は?もうその話広まってるのか?」
「一久発信なら学校中に広まったっておかしくはないよ。一部ではどちらが勝つかで話が盛り上がっている」
「うわぁ」
晴豊は思わず天を仰いだ。
「まぁ相手が何者なのか僕もよく知らないけれど、君が一般の人に身体能力で劣るとはとても思えないし、楽しんで」
「サラッとプレッシャーかけないでくれよ」
「プレッシャーじゃない。ただの僕の所感だ」
修は表情を変えずにそう言ったが、内心ニヤニヤしていることぐらい晴豊には分かっている。
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