第6話
六
「おかしいな、皆と同じ形にならない」
晴豊が出来上がったお手玉を見せると、皆は吹き出すかなぜこんな形になるのかと訝しがるかのどちらかだった。粟見夏祭りまで残り一週間、祭りの準備はピークを迎えている。
今日から祭り当日まで、給食を食べた後の授業は全て祭りの準備に振り当てられる。大量に必要なお手玉作りもそうだが開催場の一つである学校内の飾りつけ、校庭に設置するステージの簡単な手伝い、当日出店する屋台で出す料理の試食、輪投げやボーリングなどの手作りミニゲームの製作などやることはいくらでもあり、どこに行っても大抵人手不足だった。
学校には地域の大人たちがたくさんやって来て子どもたちと一緒に祭りの準備にてんやわんやとなっている。晴豊はステージ設置など体を動かす作業を手伝いに行きたいのだが、その前に生徒は一人最低三個はお手玉を作らなければならず、それに苦戦していた。クラスの子たちは去年も同じことをしているからか、あっさりと自分のノルマを達成するとどんどん自分の興味がある仕事の方へ行ってしまった。教室に残っている子どもはお手玉作りが得意で進んで作業を引き受けた数人と晴豊だけだった。
「この布とこっちの布を組み合わせたときの向きが逆だ。もう一度糸を抜いてやってみるしかないね」
不格好なお手玉を晴豊の手に返して美世が言う。
「それから全部縫ってしまってはだめだよ。ペレットを入れた後は養生テープで止めてね」
「先のことは言わないでくれ。今を生きるのに精一杯なんだから」
「僕には先のことを考えないで作るから失敗しているように見えるけれど」
「何回も作れば嫌でもできるようになるさね」
向かいに座るおばあちゃんが手元から目を離さずにそう言った。椅子は硬くて尻が痛くなるからと自前で用意した座布団は深い紫色で四方に金の房飾りがついている。晴豊はこのおばあちゃんの名前がイネさんであるということだけ辛うじて知っていた。美世の家で会ったことがあったのだ。
イネさんは流れるような手つきで華麗にお手玉を製造するので、机を並べて作った作業台の上にある完成品のほとんどがイネさんの手によるものだった。
「イネさんが子どものときもこの祭りってあったのか?」
「あぁ、あったよ。わしの母ちゃんが子どものときも、母ちゃんの婆ちゃんが子どものときも、ずっと前からあったのさ」
「ふぅん」
「昔のはこんなにハイカラで他所から人の来るものじゃあなかったけんどね。祭りが近づくとまだかまだかと待ち遠しかったもんさ」
「そうさね、女たちは田植えもせにゃいかんのに夜はお手玉作りでまいっちまったもんさ」
イネさんの隣に座るスギさんがそう言って頷いた。スギさんのほうが若干年上になるそうだが晴豊には正直よく分からない。スギさんは座布団を二枚重ねてもイネさんの背の高さに及ばない、小柄な人だった。
「なぁ、この時期ってもう田植えは終わってるんじゃないのか?」
晴豊は隣の美世にこっそり訊ねた。
「昔の祭りは田植えの時期にやっていたんだよ。七月のほうが近くの催しと被らないから、最近はこの時期にやるようにしたらしい」
「そんな簡単に変えれるもんなのか?」
「まぁ、村おこしを考えたのは影響力のある人だからね」
ひそひそ声で話す二人を気にも留めず、おばあさんたちはおばあさんたちでのんびり会話を続けていた。
「年寄りはよぉは外に出んで、やること作ってもらえて良かったわ」
「わしらはもう田植えは出来んけどお手玉作りならまだできるでね」
「そうさ、ばあちゃんらにはまだまだ働いてもらわんと困るんだわ」
教室の外から大きな声が降ってきた。廊下側の窓から顔を出しているおじさんがいる。
「どうかね、順調かね?」
おじさんはそう問いかけると教室に入ってくる。すると途端に教室が狭くなってしまったかのように感じた。背も高いが横幅もデカい。何となく態度も大きい。とにかく圧がある人だ。晴豊はこの人を見るのは初めてだと断言できる。会ったことがあるなら絶対に忘れないだろう。なんてことを考えていたら真っ直ぐに整えられた眉毛の下にある両目と目が合ってしまった。
「おお、君は晴豊君だ。そうだろう?」
圧のあるおじさんが晴豊に笑いかけた。顔全体が脂ぎっている訳ではないのがテカテカと光り、口から見える白い歯はツヤツヤと輝いている。短く刈り込んだ髪にちらほら銀色の筋が入っているのが余計に威圧感があった。
「どうかね、粟見は楽しいかね?」
「えっ、うん、楽しい、です」
おじさんの視線が晴豊の手にした歪なお手玉に移った。片方の眉頭を下げてもう片方は上げるという大雑把な顔にしては繊細な表情の後、おじさんは盛大に笑いだした。笑いで震えた空気が窓や壁に反射してまた跳ね返ってくるのが分かるくらい大きい声だ。
「へったくそだなぁ、晴豊君はお手玉作りには向いてない」
「そうなんだよ、俺も困ってる」
ついタメ口がこぼれた。ここまで笑われると晴豊もつい笑ってしまう。
「外の仕事でも手伝いに行ったらどうだ?」
「それはダメです。晴豊さんは一人三個のノルマを達成していません。皆このルールを守ってから自分の好きなことをしているのです」
教室の片隅に置いてある先生用の机でパソコンをカタカタ打ち鳴らしていた先生が作業の手を止めていった。
「先生、人には向き不向きがあるだろう?画一的に物事を教えるんでなくそれぞれ得意なことを分担して大きな成果を出すってのは社会に出ても必要になる力じゃないのかね?」
「それは…まぁおっしゃる通りですけれど」
「この可哀想なお手玉を見ても先生は何も思わんのかね?ただでさえ舞の練習なんて不慣れなことをしているんだ、本人のやりたいことを優先してやってもいいだろう」
「ええ…はい、そうですね」
すげぇ、この人先生を言い負かしちまった。
晴豊の考えを透かし見たのか、美世がこっそり笑っている。
「俺の見たところ、舞台設置で特に人が足りてない。力持ちが欲しいんだ。晴豊君、グラウンドに行ってくれるか?」
「うん!でもこれ終わらせてからにする」
晴豊の手にあるお手玉を美世が取った。
「お互いのためにその子は僕が引き取るよ」
「まぁ、やっぱり来ていらしたのですね」
涼やかな声がした。教室の入口に立っていたのはささめだ。珍しくやや怒り気味のようだ。
「もう、到着したなら応接室に来てください。校長先生がお待ちですよ」
おじさんはバツが悪そうに頭を掻いた。
「見つかっちまったか。じゃあ俺も出るとしよう」
おじさんが教室を出るとささめは周囲に申し訳なさそうにお辞儀しておじさんを追いかけていった。
「…なんだったんだ?あのおじさん」
「あの方がささめの父親だよ」
「え?父?え?…全然似てねぇ!」
晴豊の叫びに教室にいた全員は深い同意をもって頷いた。
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