第3話
「そういえば、俺と瑠杏が初めて話したときも、塾の帰り道だったよね」
塾が終わったあと、俺は久し振りに瑠杏と話した。瑠杏は小学校のときと比べて、外見も性格も変わっていた。
「うん。確か、私がキーホルダー落としちゃったんだっけ?」
「うん。そうだね」
そう言いながら、俺はあの日のことを思い出す。
俺は小学生の頃、友達の家に毎日遊びに行っていた。そこでゲームをしたり、サッカーしたりしていた。遊ぶことは大好きだから、暗くなるまで遊んでいた気がする。
「あやば、もうこんな時間じゃん。今日は帰るわ」
「そう、じゃあまた明日」
「うんじゃあな」
俺は、自転車に乗って家を目指す。小学校の頃は家の門限が早めだったから、急いで自転車を飛ばした。
川の橋を渡って、長い信号を待って、コンビニの横を通って、あとはあの塾を曲がれば俺の家。
塾が見えてきたと思ったら、見覚えのある女子が塾から出てきた。
――あれは、確か……。
思い出せないまま、俺はその塾と女子を追い抜かそうとした。しかし、その女子がリュックから何かを落として、気づいていないのかそのまま歩いてしまった。
俺は自転車を止め、その何かを拾い「おーい、これ落としたけど」と女子に言った。
「――え?」
小さな高い声でその女子は振り向いた。そして女子はゆっくりと俺に近づいた。
「ほら、これ」
俺は彼女にキーホルダーらしきものを渡す。
「あ……、ありがと」
彼女は小さな手でそれを取った。彼女は俺に対して警戒しているのか、少し不安そうな顔をした。その顔をよく見ると。
「あ、どっかで見たことあると思ったら、瑠杏?」
「……え?」
彼女の不安そうな顔が、少し和らぐ。
「俺、甲斐時雨って言うんだけど、ほら同じクラスの」
「あ……! 甲斐くん」
「うん、そう!」
まさか、この塾に知り合いが通っていたとは思わなかった。
「家どっち? 途中まで一緒に帰らない?」
「あ、うん」
「これが時雨と仲良くなったきっかけだもんね」
瑠杏は笑顔で言う。
「ああ」
それから、何故かタイミングよく、俺が塾を通ると瑠杏が出てきて一緒に帰るようになった。
彼女は最初、あまり喋らなかったけどだんだん笑顔も見せてくれるようになってきた。
「甲斐くんってさ、好きな人とかいる?」
「なに急に」
「気になるじゃんこういうの」
「そうかな」
――女子って恋バナ大好きだよな。
「で、いるの? いないの?」
「うーん……。いない!」
「なーんだ。つまんない」
本当にいなかったのでつまんないとか言われてもなにも返せない。
「じゃあさ、気になる人とかは? タイプの女の子は?」
「タイプの子……?」
俺は自分の本当のタイプを考えた。
「えーっと、明るい人かなあ……?」
「それだけ? あ、じゃあさ、背は低いほうか高いほうどっち?」
背?
「背は……どっちでもいいかな」
「じゃあ、髪型は? ロングがいい? それともショート?」
ロングかショート?
「ショートカットかな……?」
ちなみに小学校の頃、瑠杏はロングだった。
「へえ〜。そういう女の子が好みなんだね」
「ま、まあね」
自分のプライバシーを公開されてる気がして、少し頬が熱くなる。
「じゃあ、瑠杏は?」
「え、えーっとかっこいい人かな?」
「それ、みんなそうじゃん」
「あはは、そうだね」
「そういえば、時雨ってどこの学校行ってるの?」
高校生の瑠杏が、歩きながら俺を見て言う。
「こっから見えるかな……あ、あそこにある学校だよ」
「ああ、あそこ。丘の上に立ってるやつだよね。眺めよさそー」
「うん。めっちゃ眺めいいんだよ」
彼女は「へえ〜、いいなあ」と言う。
「ていうかあそこって偏差値高い学校だよね。頭いいんだね時雨って」
「あー、そうなん?」
高校の授業はさっぱり分からないけどな……。
なるべくゆっくりと歩いていたが、もう俺の家が見えてしまった。
「じゃ、また来週ね」
「うん。気を付けて帰ってな」
「小学生じゃないんだし大丈夫だよ」
彼女は推しのアイドルに出会えたかのように、手を大きく振った。
明るくなったな。瑠杏。
「時雨どうしたの。なんかいいことでもあった?」
無表情な妹と一緒に夕飯を食べていたとき、急に俺にきいた。
「え、なんで分かるの」
「いつもより、楽しそうだから」
そしてまた、無表情で箸を操る。
こいつ、瑠杏とは対称的に暗くなったな……。
「そういうお前は、なんか嫌なことでもあったのか?」
妹の箸が、動画を停止したみたいに、ピタリと止まった。
コイバナは塾の後で。 ここあ とおん @toonn
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