第2話


「ネクタイってどうやって結ぶの?」

「高校ってどこだっけ?」

「自転車で登校するんだっけ?」

「俺って何組?」

「席ってここでいいの?」

「高校にも朝読書ってあるんだ」

「論表ってどういう教科?」

「情報ってプログラミングやってんの?」

「給食じゃなくて弁当なんだ」

「俺って放送部なの?」

「小テストあるの?」


「……ボケるのもいい加減にしてよ!」


 俺のとなりに座っていた女子が急にキレる。


「ボケてないよ」


 俺は真顔で言う。


「いや、ボケまくってるでしょ! 一昨日まで普通だったのに!」


 昨日もおかしかったのか? と思いながら、俺は真顔を続ける。


「ボケてるんじゃなくて、ホントに知らないんだよ。朝起きたらいつの間にか高校生になってて!」


「それもボケでしょ?」


 若干引き気味にその女子は俺を見る。


「だからボケじゃないって、ていうかお前は誰だよ!?」


「はあ!? 人の名前も覚えてないの!? もういいよ今日は一緒に帰らない!」


 名も知らない女子は最後にブチギレてどこかに行ってしまった。クラスメイトがざわつき始める。


「おい、時雨」


「ん?」


 俺に話しかけてきたのは、知らない男子だった。しかし、この男はどこかで見たことがあるような気がする。


「お前、昨日のことで頭おかしくなっちまったんじゃねえの? 少し休めよ」


「え? 昨日のこと?」


 俺は聞いた彼は何も返さないまま、俺の肩に手を乗せた。


「長澤にもちゃんと謝れよ。お前ら長く付き合ってただろ」


「ああ、そうだな…………って、は?」


 俺は中学校で仲良くなった人も長澤だと思い出す。あいつ、同じ高校だったのか。ずいぶんと垢抜けて可愛くなっていたので全く気づかなかった。


「付き合ってたって、どういうこと?」


 俺は彼が言っていた「長く付き合ってた」という言葉が引っかかった。


「あれ? だってお前ら中学校からずっと付き合ってるんだろ?」


 俺と……長澤が?


「はああ!?」


 確かにあの時、「私たち、ホントに付き合わない?」と言われたが、俺は断るつもりだった。


 だって俺にはあの人が……。





 ――これでAの値が求まったので余弦定理が使える訳ですね。なのでa²=b²+c²-2bccosAの式に代入してaが求められるということです。じゃあ次は先生の解説なしで……。


「おい、甲斐! 授業中は寝るな!」


 俺は寝ている途中急に外から爆発音が聞こえたときみたいに、ビクッとしながら起きる。クラスメイトの笑った声があちこちから聞こえる。


「……あ、さーせん」


 数学の授業中に俺は寝てしまった。「さんかくひ」というものをやっているらしく、中学生の知識しかない俺は授業内容がまったく理解できなかった。


「ねえ、時雨」


 掠れた声で長澤が声をかけた。


「さっきは怒鳴っちゃってごめんね」


 彼女のきれいな瞳の中に俺が写っている。


「あ……いや。俺も悪かったよ」


 俺は彼女と目が合うのが気まずくて、下を向いてしまう。


「今日もさ、またいつもみたいに一緒に帰ろ?」


「ああ」


 "いつもみたいに”を知らないけどな。と、思いながら、彼女の要望に答えた。





「ただいま」


 と俺は家のドアを開けた。そういえば、俺は急に高校生になってしまったんだ。中学生に戻る方法はないのか。


「あ、時雨。おかえり」


 妹が無表情でスマホをいじりながら言った。こいつ、小学生のときは明るかったのに、どうして暗くなっているんだ?。


 俺は自分の部屋へ行き、リュックを置いて、ベッドに寝る。寝たら高校生になっていたのだったら、もう一度寝れば中学生に戻れるのか? もしかしたら大学生とかになってしまうかもしれない。


「時雨? 帰ってきたの?」


 母の声がドア越しに聞こえた。俺は「うん」と答える。


「今日は塾だからちゃんと用意しなさいよ」


「うん」


 塾……って塾!?


「ちょ、俺ってどこの塾行ってたっけ?」


「……何言ってるの? 駅の近くにある塾じゃないの」


 駅の近くにある塾。面倒くさいな、と俺はあくびをした。





「駅の近くってここしかないよな……?」


 俺は初めて行く塾に緊張したのか、入口の前で立ち止まった。


「あ、時雨じゃん! やっほー!」


「……え?」


 メガホンを使ったのか、というくらい大きな声を後ろから浴びた。俺は驚き、後ろを振り向く。


 後ろにいたのは、背は俺よりも低く、ショートカットで俺が通っている高校ではない制服を来ていた。


 誰だ?


「あれ? 今日は髪の毛セットしてないんだね」


 明るい彼女は上目遣いをしまがら俺を見る。


「え?……ああ、そうなんだ」


 俺って普段髪の毛セットしてたんだ。


「君もここの塾なの?」


「何急に君って。私もここの塾なの知ってるでしょ?」


「……ああ、うん」


「じゃあ、入ろ」


 そして俺たちは彼女に押されながら塾の中へと入った。





 一体誰なんだあいつ。


 中学生の記憶ではあの人なんて知らない。高校で知り合った人? だったら違う制服の説明ができない。


 俺は記憶を辿り続ける。


 そういえばこの塾。俺も何回も来たことあったような……。


「あっ!」


 頭に電球のマークが浮かんだように、俺は閃いた。しかし、塾の講義中だったので俺は周りの人から変な目で見られた。


「か、甲斐くん?」


 さすがの先生までも動揺して俺を見た。


「あ、気にしないでください大丈夫です……」


 俺は赤くなった顔を隠すように机にふせた。


 そうだ、あの人は……!





 塾の終わりを告げるチャイムが鳴った。生徒は話しながら出口へ集まってくる。その中に、入口で会ったあの人がいた。


 声をかけるとなると、何故か緊張するが……。


「瑠杏」


 俺は彼女と目を合わせて呼んだ。小学校のとき、仲がよかったあの瑠杏。きっと彼女はそうだ。姿は大分変わったけど。


「あ、時雨。お疲れ様。一緒に帰ろ!」


 グイグイ迫ってくる彼女を見ながら俺は「うん」と言った。


 俺は、久し振りに瑠杏と再開したのだ。

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