コイバナは塾の後で。

ここあ とおん

第1話 彼女との別れ



「ちょっと待って」


 と、瑠杏るあんは僕を止めた。


 さっきまで僕たちはピンクの花びらが舞う校庭で最後の会話をしていた。


「どうしたの」


 彼女はいつもと比べて大きな声で僕を呼んだので、それなりに重大なことかと思った。離れていた彼女が走り、僕の視界を覆っていく。


 彼女は僕の手を握って、「これ、あげる」と言った。


 僕は手に乗せられたある物を見る。


「え……これ、ホントに貰っていいの」


「うん。大事にしてね」


 彼女が僕の手に乗せた物は、よく彼女がランドセルに付けていたキーホルダーだった。確か、母との思い出の品なんだとか。


 僕の彼女が仲良くなったきっかけも、このキーホルダーだった。


「ありがとう。大事にするよ」


「絶対だよ。壊しちゃったりしたら私ショックで死んじゃうから」


 彼女の冗談に少し笑ってしまう。初めて出会ったときは、本当に静かな人だったから。


「それとさ……」


 彼女は長い髪を触り、下を見ながら話す。照れくさそうな表情を彼女は普段あまり見せない。


時雨しぐれはさ、私のこと……」


 小さな声でボソボソと言っていたため、僕は思わず「え?」と聞き返した。


「ううん。やっぱいい。なんでもない」


「なんかめっちゃ気になるんだけど」


「ホントになんでもないから」


 彼女の頬は、さっきからずっと赤くなっていた。





 それから三週間後くらいにはもう、中学生になっていた。周りには殆どしらい人ばかりだった。


 まずは、友達を作ろうかな。と僕は隣に座っていた女子に話しかけてみた。


「ねえ、どこの小学校から来たの」


 その女子は僕と目を合わせる。


「私は西小からだよ。えーっと甲斐かいくんは?」


 彼女はさっき配られた座席表を見て僕の名前を呼ぶ。


「僕はそこにある北小。えーっと長澤さん?」


 僕も座席表を見て彼女の名前を確認する。


「担任の先生だれだろうね」


 彼女は時計を見ながら僕に聞く。


「確かに、怖そうな先生じゃなきゃいいけど」


「それが一番重要じゃん!」


 彼女は、瑠杏るあんよりも明るい性格だった。僕は明るい性格の人の方が喋りやすい。


 雑談を続けていると、教室には怖そうな顔をした男の先生が入ってきた。


「え、もしかして担任?」


 彼女が先生には聞こえないようにボソッと話す。


「いやさすがに……」


「えー、この教室の担任となる山本と申します。一年間よろしくお願いします」


 ものすごい低い声で脅すように担任は喋った。


「ええ……めっちゃ怖そうじゃん」


「キレたらもっとやばそう……」


「おいそこ、私語をするな」


 早速、僕たちは先生に怒られる。


「すいません……」





「あんな担任やってられないよ……」


「マジでそれな」


 僕たちは学校の帰り道に一緒まで帰った。一日目にしてすっかり僕たちは馴染んだ。


「ええと、明日からいきなり授業!?」


 今日の帰りに渡されたプリントを見て、彼女は驚く。


「えマジ?」


「うん。明日は国語、社会、理科、体育、英語、音楽だって」


「二日目から五時間あるのきっつ」


 これが中学校の普通か……と気分が落ち込む。


「中学校の先生って教科ごとに違うんでしょ?」


「うん。そうらしいね」


「担任ってなんの教科だろ。体育とかその辺だよね」


「あれは絶対、体育の顔だって」


「体育の顔?」


 彼女は笑いながら言った。


「私の家こっちだけど、甲斐は?」


「僕はこっち、じゃあここで」


「うん。明日の授業、頑張ろ」


「うん」


 いい人と仲良くなれたな、と僕は思った。




 それから僕の中学校生活は順調に進んで行った。授業のスピードは上がって大変だったが、となりの長澤が教えてくれたりして助かった。


「おはよ、」


「おはよー」


 僕たちは教室に入っていつも挨拶を交わす。


「お前ら今日も仲いいね」


「付き合ってんの?」


 サッカー部の奴らが毎回、僕と長澤の噂を流していた。


「私たち全然付き合ってないから」


「ほら、長澤も言ってるだろ」


「ホントはそんなこと言って、裏ではイチャイチャ……」


「してねーよ!」


 全くあいつら……と僕は呆れる。


「ねえ」


 長澤が優しく話しかける。僕は彼女の口元に耳を近づける。


「私たち、ホントに付き合わない?」


 周りには聞こえないように掠れた声で彼女は囁いた。それに対して僕は「ええ!?」と叫んでしまった。





「付き合う……か」


 僕は今日、なんだか長澤と帰るのが気まずくなり、一人で帰っていた。


「あいつは僕のこと、好きってこと? だったら付き合おうなんて言わないよな……」


「どーん!」


「うおっ!?」


 後ろから急に押された。僕は後ろを向くと笑顔な妹がいた。まだ小学生で生意気な妹だ。


「さっきからずっと独り言言ってたけどなに考えたの?」


「お前にはまだ早いことだよ」


「えー? 教えてよ。彼女できたとか?」


 妹は昔から勘がいい。僕は一瞬ドキっとしてしまうが、すぐに「違うよ」と濁した。


「なんだ。まあ時雨が彼女なんてできるわけないか」


 こいつ……。



 明日、付き合う話を断ろうかな。




 ブー、ブー、ブーとなにかの振動音が聞こえる。


「うう……ん……ん?」


 俺は目を擦りながらベットから起き上がる。そっか、目覚ましかけたんだっけ、と思い目覚ましを探す。


 振動音が鳴る方へ手を伸ばしてそれを掴むと、目覚ましとはだいぶ形が違うことを知る。


「あれ?」


 俺の手にあったのはスマホだった。


「スマホなんて持ってたっけ俺……」


 電源ボタンを押すと、パスワードの入力を求められた。「わかんねーよ」とスマホをベッドに置いた。


「時雨? 起きた?」


 妹の声がした。でも、少し違うような気がした。


「うん、起きた」


 俺の声も少し変わった気がする。


「……なっ」


 部屋のドアを開けると制服姿の妹がいた。


「あ、やっと起きた」


「お、お前……なんで制服なんだ?」


 妹はまだ小学生なはず。


「昨日のことで頭狂っちゃたの? 私は中学生!」


 妹はキレ気味に返答する。妹が中学生?


「じゃあ俺、高校生ってこと!?」


「え、ホントに頭おかしくなった?」

 

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