第五話

 大変なことになりました。


 今度は、みんなが登録したすべての、本当にすべてのパスワードが"daiheiwakofukunosuke"に変わってしまったのです。これではメールの受信もできません。ホームページにログインもできません。日本国中が大わらわです。


 しかし、本当の混乱はその後にやってきました。変更されたパスワードが"daiheiwakofukunosuke"だと知れ渡ると、たちまち日本中で不正アクセスが相次ぎました。アカウントを乗っ取られる人、勝手にお金を引き出される人、大混乱の極みです。みんな急いでパスワードの変更に奔走しました。なにしろ、すべてのパスワードです。大変な労力です。みんな、つかれたな、しんどいなと思いながら、ふと頭に浮かんだのは「一体、誰のせいでこんなことに」でした。日本中が、うっすらと大平和 幸福之助という名前を嫌いになっていきました。


※ ※ ※


 その頃、動画投稿サイトでたくさんのアクセスを集めている動画がありました。


"日本の闇! 大平和 幸福之助はなぜ逮捕されないのか? その秘密を暴露します!"


 そんなにもったいぶらなくても答えは明白です。幸福之助が逮捕されない理由は、彼が何もしていないからです。しかし動画の解説によると、幸福之助のバックには巨大な権力がついており、警察が手出しできないからだというのです。その動画が多額の収益を集めると、他の投稿者たちも次々と似たような動画を投稿し始めました。


"政府は幸福之助に弱みを握られている"


"幸福之助は某国から送り込まれたテロリストだ"


"幸福之助とは実は人ではなく日本を裏で操る組織の名前だ"


 様々な説が世に溢れました。一歩下がって見ればすぐに荒唐無稽だとわかるものばかりでしたが、自分たちが漠然と抱いていたやり場のない不満の矛先を見つけた人々は、これこそ待ち望んでいた納得のいく説明だと、こぞって飛びつきました。


"自分たちが苦しい生活を強いられているのはすべて幸福之助のせいだ"


"幸福之助さえいなくなればすべての問題は解決するのに"


 そんな単純で飛躍した言説まで飛び出し始め、多くの人々が公然と幸福之助の悪口を言い出しました。「法で裁けぬ悪を討て」それが民意だ、民主主義だと言いました。世間にも、なんとなく「幸福之助なら仕方がない」という空気が流れていました。


※ ※ ※


 幸福之助の息子は学校でいじめられていました。「大平和くんとは付き合ってはいけない」そう子どもに教えたお父さんやお母さんが多くいたからです。子どもにとって、親の言うことは正しいことです。子どもたちは両親の言う通り、大平和くんを仲間外れにしました。


 幸福之助は息子を奥さんに預けて離婚しました。奥さんの旧姓は「山本」ですから、他人になってしまえば二人とも多数派の仲間入りができます。息子は泣いていました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る