第三話
夜、家族でテレビを観ながら食卓を囲んでいるとニュースが流れました。
"駅舎にいたずら書き"
今朝、この街で起きた出来事が報道されていました。シールの事件もです。誰かがSNSにアップした動画がそのまま流されています。犯人でもない幸福之助の名前がでかでかとテレビに映し出されていました。小学生の息子が不安そうに「お父さん、これはなに?」と尋ねてきましたが、幸福之助はその答えを知りませんでした。
地方のニュースとはいえ、さすがに地上波です。奇妙な事件ということもあって大勢の興味を引き、番組で紹介されたSNSの動画はたちまち拡散されました。
「大平和 幸福之助とは何者なのか」
「よほど自己主張の激しい奴なのか」
「犯人だとしたらとんでもない奴だ」
「犯人でなかったとしたら、よほど人の恨みを買うことをしたのだろう」
幸福之助の知らないところで、誰も知らない幸福之助像が育っていきました。さらに、ある投稿が拡散されました。
「大平和 幸福之助、どうやら地元の奴らしい」
そこに貼られていたのは全国名字分布リストなるサイトでした。どの姓がどの地域に多いのかを検索できるサイトです。佐藤さんや鈴木さんや田中さんにはなんの影響もないサイトですが、希少姓にとっては親戚一同がどこに住んでいるかが一目でわかってしまう恐ろしいサイトです。
そこまで明らかになったのならもういいだろう、と思ったのでしょうか。続いて地元の人間が投稿を始めました。
「この人知ってるけど、いつもボーッとしてて何考えてるかわからなくて怖いんだよね」
「うわ、取引先の人じゃん。やべー」
噂は広がり、包囲網は狭まっていきました。いたずら電話が鳴るので電話線を抜きました。知らない人が家を覗き込むので雨戸を閉めました。
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