真崎と冷たい監獄 後編
俺は米澤の伝手で知り合った魔法使いと一緒に東方大陸のとある草原に来ていた。
草原の中空に浮かんでいるあれは魔法でできた自立式の監獄だ。監獄は白いストローが何本も束ねられたような形状をしていてその一本一本が監獄一部屋となっている。魔法使い曰く監獄は100本ほどのストローで構成されているそうだ。かなり高い位置にあるせいでその大きさは目視ではよくわからない。
草原は遮るものが何もないせいで風が強く、ストロー同士の隙間に風が流れ込むゴオォという不気味な音があたりに響いていた。
「なんであれは宙に浮かんでいるんですか」
一目見たとりあえずの疑問を案内人にぶつけてみる。
「わかりません。まあ逃げづらくするためじゃないですかね」
「じゃあどのようにして浮かんでいるんですか?」
「それも分かっていませんね。何らかの魔法であることはわかっているんですが」
魔法なしであれだけの質量が浮かべるはずがない。当然だろう。
「ただ、監獄を構成する魔法とは別の魔法で浮かんでいるのではないか。という説があるんですよね」
「別の魔法?」
「はい。この監獄を作ったのはご存知の通り大昔の転移者なんですが、彼がこの監獄を作った当時、こいつは地中に埋まっていた、と解釈できる文献が最近見つかったんです」
「はあ」
何でもこの監獄は大罪人を投獄するために作られたものだそうだ。監獄は自分のもつエネルギーと周囲の環境のエネルギーを循環させることで、完全な恒常性を保っており、外部からのメンテナンスなしで稼働し続けることができる。その性質から一つの生命体だと主張されることもあるという。「監獄の持つエネルギー」には投獄された者のエネルギーも含まれており、ここに投獄されたものは飢えることも魔力切れで死ぬこともないらしい。ある意味、究極の監獄だ。不思議なことに投獄された者の精神に対してもこの恒常性は作用するらしく、中で気が狂ってしまうことも無いという。罪人を投獄する意味と目的について考えさせられる。
「まあ一種のダンジョンとも言えるかもしれませんね」
そう案内人は言う。
「ここまで来てなんですが、渡辺さんの役には立てないと思いますよ。私には監獄を破ることも内部の状況を知ることも出来ませんからね」
俺の目的。監獄の内部に異世界人が転移してくることがあると聞いて俺はここまでやってきた。クラスメイトが内部にいる可能性を考えたのだ。
転移者は魔力の多いところに転移する傾向がある。俺や結城がサリアの街に転移したのもその影響だ。そう考えればこの不思議な監獄内に転移してしまう者がいる、というのも納得できる。
外部から内部の状況を知る方法は無いそうで、もしかしたら今も数百年前の転移者が転移したままの姿で監獄内部にいるということも考えられるらしい。
どうせ行っても無駄足だと米澤には止められたが、個人的な興味もあったから見に来てみたのだ。
「僕も実際に目にして、自分に何が出来るんだという気持ちになってきました」
これだけの大きさの監獄に対して俺に何ができるというのか。こんな人知を外れた物体だとは思わなかった。まだ伊藤と潜ったダンジョンの方がましだ。
「今はこの監獄は使われていないんですよね。かつてはどのように囚人を投獄したり、逆に出したりしていたのですか」
「それも分からないんですよね。何の情報も残っていないんです」
「そうなんですか」
「だから今となってはただの観光地ですよ。ご覧の通り、観光している人間なんて我々以外いませんが」
そう言って彼は笑う。一面の草原には見渡す限り生き物の姿はない。強い風が吹き、ゴオォと監獄の不気味な悲鳴が上がった。
彼はこのあたりの出身で、地元を盛り上げることに繋がるのでは、と魔法学校を卒業してからこの監獄の研究を始めたらしい。結果はさんざんだそうだ。
俺はヅンゲ村のことを思い出した。あそこはダンジョンを使った観光産業で大成功を収めている。
「この前行ったヅンゲ村では......。」
「その話はやめてください。あの村の村長嫌いなんですよ私」
地雷だったらしい。何か嫌な事でもあったのだろう。
「この監獄は研究対象としては面白いんですが、ヅンゲ村のダンジョンと違って観光地として使えていないし、この辺の魔力の大部分を吸ってしまうせいで植物が育たないし、日当たりも悪くなるし、うるさいし......」
ぶつくさと監獄の文句を言い始めた。口をへの字にしながら文句を言う彼の姿は俺とそう歳は離れていないはずだったが少し老けて見えた。彼の苦労が窺える。きっと研究以外のこともやらされているのだろう。実際今日は俺の案内をしてくれているわけだし。
「なかなか大変ですね」
「本当に」
一つ気づいたことがあった。
「囚人を出し入れすることができないのなら、どうして転移者がここに転移することがあると分かったのですか」
「ああ、脱獄したんですよ」
「脱獄」
「はい。強い魔法を持つ転移者がたまに脱獄して出てくるんです。この監獄は上部が魔法的な弱点で、内側から天井を強く攻撃すれば脱獄できるらしいんですよね。逆にそれ以外の方法で脱獄した者はいませんが。それを防ぐためにあんな無駄に縦に長い構造になっているんですよ」
どんなものにも弱点はある、ということか。そしてそれをその構造でカバーしていると。確かに囚人の立場からするとあれだけ高い天井を見て、あれがきっと弱点だとは考えられないだろう。
「面白いですね」
「はた迷惑なだけですよ」
彼はそう言って笑う。
「内部で死んだ人間はどうなるんですか」
「滅多に死ぬことは無いと思いますが、取り込まれて監獄の一部になるんじゃないかって言われてますね」
ごぉぉぉぉぉ
「なんか聞こえません?」
風の音に混じり、どこかから何かが大きく揺れるような不吉な音がする。監獄の悲鳴とは違う音だ。
「ほんとですね。何の音でしょうか」
音はだんだん大きくなる。そして、巨大なストローの一本から炎が立ち上った。
/*真崎目線*/
「?」
手応えが変わった。今の私の体は炎であり、手なんて付いていないわけだから正確には手応えではないのだが、天井の感じが変わったのだ。終わりが近いのかもしれない。
「よし」
ラストスパート、と言わんばかりに私は火力をさらに強くした。辺りは既に凄まじい高温となっており、眩しすぎて天井はよく見えなくなっている。もし生身の人間がここに放り込まれたら灰すら残らず一瞬で消滅してしまうだろう。あと少し。もっと明るく、もっと強く。
「きた!」
天井が柔らかくなり始めた。そのまま押し込む。そして、どろりと天井が溶け、天井の中心部に小さな穴が開いた。穴は広がり続ける。
「!?」
凄まじい力がかかり、一瞬のうちに私の体は筒の外へと引きずり出された。筒の上部に溜まっていた熱い空気が気圧の差で外部へと放たれ、炎となっていた私の体も放り出されたのだ。熱せられた空気と私ではない部分の炎たちと一緒に。
外に出られた!と思う暇もなく私の体を急激な気温と気圧の変化が襲う。今の私は炎だ。強い風が吹けば当然消えてしまう。もし私の炎が消えてしまったらどうなるのだろう。生身に戻るのだろうか。それとも......。そんな気弱な思考が頭をよぎった。
「こんなところで!」
せっかくあの忌々しい天井を破ることができたのだ。こんな所で終わってたまるか。さらに明るく、さらに強く。いのちを燃やすんだ。
空気に押されて、かなり高いところまで来てしまった。何とか自分が落ち着いて燃えていられるまで耐えることができた。
「......」
ここは......周囲は暗い。下を見ると広大な草原とそこに不自然に浮かぶ白いかたまりが見えた。かすんでよく見えないが白いかたまりの一部からは火が出ている。きっと私はあそこから来たのだろう。遠くには海が見えた。宇宙の一歩手前と言ったところだろうか。
私は不思議と安心した気持ちになっていた。この景色は私が知っているものだ。私が何度もテレビやインターネットを通して見た景色だ。もちろん実際に目にしたことがあるわけではない。ただ知識と知っているだけだが、それでも安心した。あの筒の外側に世界が、自分のよく知っている世界が続いていたことに。
「......」
わざわざ筒から出て来たのは太陽を見たかったからだ。下ばっかり向いているわけにはいかない。私は上を見上げた。
そこには太陽があった。真っ暗な空の中、満点の星空の中、太陽は一人ぽつんと佇んでいた。
「......」
あたたかい。熱いくらいだ。
私はしばし太陽に見とれていた。涙でも出るんじゃないかと思っていたがそうでもなかった。ただ、あたたかな幸福感と満足感、そして疲労感があった。
「...」
あの筒にいる間、私が疲れることは一切なかった。懐かしい感覚だ。私の体を構成する炎もゆらゆらと揺らいでいる。気を抜いたら炎が消えてしまいそうだ。
「......」
この感じはあまりのんびりしていられないかもしれない。これからどうするのかは全く考えていないが、筒の外によく知る世界が広がっていることが分かったのだ。こんな所で疲れて死ぬつもりはない。
地上へと戻ってきた。降りる間(乱流だっけ?対流だっけ?)やけに風が強くて大変だったが何とか戻ってくることができた。はじめ筒の上に着地しようかと思ったが、想像以上に高い位置にそれもなぜか浮かんでいたため草原に着地することにした。
地上30センチくらいのところで生身の肉体に戻って、そのまま草原に寝転んだ。しばらく生身の肉体に戻っていなかったからちゃんと戻れるか心配だったがなんてことはなく、よく知る全裸の女子高生の姿になれた。
「疲れた......」
肌に触れる風と、草原のチクチクとした感触が気持ちいい。ずっとあの筒の中にいたら味わえなかった感触だ。草原を燃やしてしまわないでよかった。
これからどうするか、そもそも私が今どういう状況に陥っているのか、服を着るべきではないのか、等々考えたいことは山ほどあったが私はすぐに眠ってしまった。
///
目を覚ました。
ここは、どこだろうか。さっきの草原ではない。私はベッドで眠っていた。それに服を着ている。誰かに拾われたのだろうか。疲労感はまだ消えていない、二度寝してから考えようかと寝返りをうつと、ベッド脇にはそれなりに見知った顔、渡辺くんがいた。
「おはよう真崎さん」
「渡辺くん?」
渡辺くんは少し大人になっていた。なぜここに渡辺君がいるのだろうか。
「久しぶり」
この状況、おそらく渡辺くんが私をここまで連れてきてくれたのだろう。混乱した頭でとりあえず礼を言う。
「渡辺くんがここまで連れてきてくれたんだよね、ありがとう」
「どういたしまして」
そして、何かを思い出した渡辺くんは少し顔を赤くしながら言った。
「ごめん、連れてくるとき真崎さんの裸見ちゃった」
状況は理解できていないが、彼の変わらない生真面目さに思わず笑ってしまった。
「そのくらいいいよ。恩人なんだから」
渡辺くんが一通り現状を教えてくれた。どうやらここは異世界で、私含め三年五組のクラスメイトが何人もここに「転移」してきていて、そして私は自分の魔法の力であの筒(渡辺くんは監獄と言っていた)から自力で抜け出したらしい。実感はない。
「真崎さん。これからどうする?南方大陸に行けば先生とかに会えるけど」
積もる話も私の質問もすっ飛ばして渡辺くんはそう聞いてきた。
これからどうするか。私は考える。渡辺君の提案も悪くはないが、クラスメイトに久しぶりに会いたいという気持ちは正直なかった。渡辺くんはこちらに転移してからもう数年が経っていると言っていたが、私はこちらに来たのががほんの数日前のように感じていた。私の転移が他のみんなに比べて遅かったか、あの不思議な筒の内部で時間の流れ方が違ったのか。
何にせよ今はとにかく色々なところに行ってみたい、見てみたい気持ちだった。せっかくの異世界なのだから。
「渡辺くんはどうするの?」
「もうしばらく東方大陸を見て回るつもり」
「何か目的とかあるの?」
「クラスメイトを探しているんだよ。他にもこっちに来ているかもしれないだろ?」
渡辺くんはそう言った。随分ざっくりとしている。
「誰か探してる人でもいるの?」
「いや、とにかくクラスメイトを探しているだけだよ」
「何でそんなこと。いるかどうかもわかっていないんでしょ?」
あ、余計なことを言ってしまった気がする。
「......クラス委員だからね」
渡辺くんは少し悩んでからそう言い、それから何かに気づいたようだ。慌てて訂正しようとする。
「いや、真崎さんに何か......」
良いことを思いついた。
「じゃあ私もそうする。私もクラス委員だし、ね?」
一人で旅をする気はなかったし、渡辺くんの様子が少し気になった。なんだか放っておけないような気がしたのだ。それにクラス委員としての仕事だと彼がいうのなら私が手伝わないわけにはいかない。
そんなわけで、私は渡辺くんとクラスメイトを探す旅に出ることになった。
異世界百景 ひよひよひよひよ @Hiyokoooo
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