伊藤と死にゲー 後編
「やっぱり始めての階層は楽しいな!」
そう言って伊藤は通路を進む。
「おい。一回進み方を考えた方が良くないか」
さっきのこともある。俺は不安だった。
「初見はとりあえずいろいろ見て回るのが大事なんだよ」
伊藤はそう言う。七層までの慎重さが嘘みたいだ。普通逆じゃないのか。
「おいっ」
カチッ。伊藤が何かを踏む音がした。
「お?」
瞬間。通路の壁から大量の剣が飛び出した。数十本ほどはあろうか。伊藤は串刺しになった。同時に通路の奥から金属音の混じった足音が聞こえてくる。通路の先にいたモンスターが気づいたのだろう。
その足音を聞いて俺は一直線に後ろに駆け出した。いくら頑丈な伊藤と言えどあれでは一撃で死んでいるはずだ。今の俺にはこの階層のモンスターを一人で倒すだけの力もその自信もない。伊藤には悪いが、俺にできることは逃げることだけだ。
ライオンがいた小部屋に着く直前、背後から音が聞こえた。何かを殴り飛ばす音、殴られた者が地面にたたきつけられる音。金属が擦れる音、それと同時に液体が大量に飛び散る音。そして、誰かが何かを喰らう音。なまなましい嫌な音だ。きっと俺はこの音を聞いて喜ぶべきなのだろう。なぜなら伊藤が生きている証拠なのだから。しかし、俺の本能はその音と、発信源であるその男のことが恐ろしく、気味悪くてたまらなかった。
「おーい渡辺―。逃げないでくれよー。薄情なやつめー」
伊藤は食べるのを一時中断し、呑気に大声を出していた。
剣のトラップは破壊され、そこだけ壁が崩れている。数十本の剣はその近くに散らばっていた。トラップに注意しつつ、伊藤の元に戻ると彼は人型のモンスターを喰っていた。すでに半分ほど消滅しているが、そいつの物だったのであろう鎧と骨がきれいに並べて横に置かれていた。
「お前、不死身なのか?」
伊藤に聞いた。
「いや、不死身じゃないよ。一度に体の半分くらい持っていかれたら厳しいと思う」
それはほとんど不死身なのではないだろうか。伊藤は上半身裸になっていた。さっきのトラップで服がボロボロになったのだ。彼の体には傷はほとんど残っていない。
「お前串刺しになっていただろ?魔法かなんかで傷を治したのか?」
「魔法は使っていない。ちょっと傷が治りやすいだけだ。」
「普通じゃないだろ。その治り方」
「ダンジョンに潜り始めた頃は普通だったよ。このダンジョンに潜っているうちに体が強くなったんだ。」
言い方が引っかかる。治癒能力が高くなる、でなく強くなる、とこの男は言う。今まで見てきた伊藤の強さはダンジョン由来の物なのか。
「どうやって?ただ潜ってるだけじゃそんな強さにはなれないはずだ。」
もしそうなら、ダンジョンの警備員はこいつみたいな化け物だらけ、ということになる。
「さっき言っただろ?ここのモンスターを喰うと強くなれるんだよ」
伊藤の言うところによると、このダンジョンに現れるモンスターにはそういう効果があるらしい。食べるとステータスが強化される。そんな効果が。
「だからさっき俺に食えって言ったのか」
「そうだな。喰う気になったか?」
数分悩んだが、意を決してモンスターを喰ってみることにした。伊藤はふくらはぎにあたる部分を俺に渡してくれた。見た目は新鮮なピンク色。見るからに生肉だ。しかも元は人型。ものすごく抵抗感がある。
まずは一口。そう思い口に含むが、筋っぽくてなかなか噛み切れない。場所を変えてもうひとかじり。今度は噛み切れた。
「どうだ?」
伊藤が目をキラキラさせながら聞いてくる。味はほとんどしない。一息に飲み込む。
「ただの生肉だな」
言った途端、とてつもない吐き気がこみあげてきた。
「うぇー」
飲み込んだものがそのまま出てきた。
それからも何度か試してみたが、すべて吐き戻した。どうにも体が受け付けないらしい。さっき食った昼飯も一緒に流れて行ってしまった。もったいない。
「もういいや。どうにも俺には喰えんらしい」
「そうか」
また伊藤は悲しそうな顔をした。
「伊藤。お前自分の魔法持ってないんだろ?」
「ああ」
俺はある可能性に気づいた。
「もしかしてそれがお前の魔法なんじゃないか?」
「どんな魔法なんだ?」
「胃が強い魔法とか」
「なんじゃそりゃ」
俺が胃を休ませている間に伊藤は人型のモンスターを平らげていた。
「ごちそうさまでした」
「どうする?まだ先に進むのか?正直俺はもう帰りたい。気持ち悪いし」
「まだまだ。こんなの序の口だよ」
そして、うまいこと言いくるめられて、また伊藤を前にして進み始めた。
トラップに引っかかって血まみれになっても、モンスターとの戦闘で体を切り裂かれても、伊藤は一瞬で傷を治し、ケロッとしている。
そんな中、俺はとある恐ろしい可能性に思い当たった。
「な、なあ。もしかして、ダンジョンの情報って、全部そんな風にして死にかけながら手に入れたものなのか?」
「ああ。そうだな」
伊藤は平然と言う。
「いくら死ななくても、痛いだろ」
「ああ、特にトラップとかは最低だな。ここみたいに単純なものならそこまでなんだけどな」
何故こいつはここまでしてダンジョンに潜るのか。今日だけで何回も死にかけている。高校の時の伊藤は体がデカくて陽気なだけのオタクだったはずだ。何がここまで彼を駆り立てるのか。
「お前はなんでダンジョンに潜るんだ?」
「そりゃ金のためだ」
「それだけじゃないだろ?」
「そうだな......。」
伊藤は少し考えてから言った。
「モンスターを知る度、トラップ知る度、自分が成長するのを感じるんだ。そして少しづつダンジョンの奥へと進めるようになる。」
俺は伊藤の持つダンジョンの知識を思い出した。
「いや、それだけじゃない。モンスターを喰らって、地上で飯を喰らう。そうすると、自分の体までもが少しづつ成長する。お前は知らなくて当然だが、最初は今ほど簡単じゃなかったんだ。何度も死にそうになったけど、その分強くなれた」
「お前は強くなりたかったのか?」
「いや。きっと少しづつ強くなっていくこの感覚が好きなんだ。」
そして、大部屋に出た。大部屋には青いドラゴンがいた。どちらかというと西洋っぽいドラゴンだ。すさまじい魔力を纏っている。俺が今まで見た中で一番の魔力だ。ドラゴンの魔力は他のモンスターのそれとは違い、禍々しさは一切なく、穏やかだった。
先に部屋に入っていた伊藤はドラゴンの正面で突っ立っている。ドラゴンは襲ってこない。伊藤をじっと見つめている。
「どうする?襲ってないし、悪い奴じゃなさそうだけど」
「倒さないと先に進めないだろ」
伊藤はゆたりとした足取りでドラゴンに近づいた。ドラゴンはじっと伊藤を見る。そしてドラゴンの腹部に握り拳をそっと当てる。ドラゴンは変わらず伊藤を見る。
「ふんっ」
伊藤は全力で拳を振りぬいた。腹部にはおおきな穴が開き、そこから内臓が零れ落ちる。ドラゴンは一撃で死んでいた。
伊藤はこのドラゴンも喰うようだ。骨と鱗だけを残してきれいに食べ進めている。
きっとこのドラゴンもボスだったのだろう。雰囲気が明らかに違っていた。それを伊藤は一撃で殺してしまった。昔は簡単じゃなかった。その伊藤の言葉を思い出す。伊藤は今どんな思いでダンジョンに潜っているのだろう。おれは部屋の隅でそんなことを考えながら、伊藤がドラゴンを喰うのを黙って見ていた。
伊藤はドラゴンも完食した。ドラゴンは明らかに腹に入りきる大きさではなかったが何事もなく平らげてしまった。ダンジョンのモンスターは魔力でできているからだろう。
ドラゴンの居た部屋は九層への階段につながっていた。八層には分かれ道がほとんどなかったため、あっという間についた。
「よし、行こう」
伊藤は九層に向かおうとした。
「俺は何もしてないから疲れてないけど、お前は大丈夫なのかよ」
「余裕だよ」
伊藤は続ける。
「いままで黙っていたんだけどな、多分このダンジョンはもう少しで終わる。それも、恐らく次の階層で。」
「そうなのか?」
「ああ、この階層も構成が他の階層とはかなり違っていた。ほとんど一本道だっただろ?」
たまたまそういう階層だっただけではなのではないか。
「敵の強さもそうだ。七層でもうほとんど頭打ちになっていた。」
そうだったのか。全く気付かなかった。
「さっさと終わらせよう。」
伊藤はそう言って九層に向かった。
九層はなかった。ダンジョンは八層が最終階だったのだ。
階段を下りた先にはこじんまりとした部屋があった。部屋には椅子が一つだけ置いており、そこにはミイラが座っていた。
「このダンジョンを作った転生者だろうな」
伊藤はそう言った。俺もそうだと思う。大昔の転生者のミイラ。
「よし。喰うか」
何となく予想はしていたが伊藤はこれも喰うらしい。
「魔力は出ていないから喰っても大丈夫だと思うけど、本当に喰うのか?」
死んでいるとはいえ、元人間だ。正直気持ち悪い。かと言って俺が言って止まるやつでもないだろう。
「ああ」
頭からかぶりつこうとして
「流石に無理だな。顎が外れる」
まずは右手から。指を一本ずつきれいに食べ、次に腕を丁寧に外し、豪快にかぶりつく。同じようにして左腕を食べて、その次は右足、そして左足。
残った胴体と頭部を見て伊藤は
「渡辺、剣を作ってもらって良いか?こいつはきれいに食べてやりたいんだ。」
「はいよ」
せめて綺麗に食べてほしい。不思議と俺もそう思った。よく切れて、扱いやすい小ぶりな剣......。
「ふう」
なかなかの出来だ。今まで一番鋭い剣ができたかもしれない。剣というか片刃の小刀のようなものになってしまったが。
「包丁じゃねーか」
失礼な。
伊藤は包丁を使って、胴体から少しずつ肉を削ぎ落としていった。
そして、骨だけが残った。伊藤はミイラが座っていた椅子に骨を戻し始めた。かなり慎重に組み立てている。
「律儀だな」
「まあな」
「そいつを喰って、強くなれたのか?」
「わからん。効果はすぐには出ないから」
骸骨を組み終わると、伊藤は名残惜しそうに言った。
「よし。出るか」
「結局お宝はなかったな」
「まあそんな気はしていたよ」
「伊藤はこれからどうするんだ?ダンジョンはもう終わりだろ?」
「そうだな。とりあえず南方大陸の先生たちに挨拶に行くよ。それからのことはそれから考える。」
「そうか。元気でな」
といってもこいつは俺よりも間違いなく強い。心配するだけ無駄かもしれない。
「渡辺。ここまで一緒に来てくれてありがとう」
「え?」
俺は伊藤に感謝されるようなことは何もしていない。
「このダンジョンの最後を、誰かと共有出来てよかった」
俺達はダンジョンを出た。
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